「おお、どやっ?」

出先から営業所に戻ってきた営業マンに明るい声が飛ぶ。声の主は、12年6月に日本たばこ産業(JT)社長に就任した小泉光臣、その人だ。突然の事態に慌てる営業マンも多い。

JT社長 
小泉光臣氏

空いた時間を見つけては、営業所や支店、工場などの現場にこまめに足を運ぶ。急に空き時間ができたときはアポなしでも駆けつける。

「私が本社にいたって、何の付加価値もない。現場・現物主義なので、自分の目で見たもの、触ったもの以外は信じられないんです」

食品事業部のうどん工場に行けば、まるで作業を任された新人のように、うどんの切り方、刃物の角度に至るまで担当者を質問攻めに遭わせる。

現場回りは、たばこ事業本部長、副社長と立場が変わっても続けてきた。「シェア奪回したらビールかけをしようぜ」とグラス片手にハッパをかけて回ったこともある。そんな小泉流のコミュニケーションを社長になっても続けていいものか、それとも少し距離を置くべきなのか、悶々と悩んだという。

「たばこに非常に愛着があって」就職活動で当時の専売公社を選んだほどのたばこ好き。「嗜好品という摩訶不思議な商品のマーケティングをやってみたい」と強く惹かれた。

入社2年目で民営化プロジェクトの一員に抜擢され、その後、事業多角化・国際化でも活躍した。巨額買収で話題になった、1999年のRJRナビスコ社海外たばこ事業の買収では中心的な役割を果たしている。

心地良い健全なプレッシャーが必要

そんなたばこ畑一筋の小泉にとって、現場回りは当然の流れだったのかもしれない。しかし、トップ就任とともに食品や飲料、医薬などの事業部も指揮する立場になり、現場との距離の取り方を考えあぐねていたのだ。社長就任数日後、1回目の社内向けブログで、小泉はその迷いを率直に社員に吐露している。

それからの2週間、「空き時間があっても余計なことはすまい」と社長室にこもるが、空き時間になると、いても立ってもいられない。

「もうだめだ、閉所恐怖症だ」

冗談とも本気ともつかない表情で、秘書室に駆け込んだほどだ。