兎は事件の当事者でも何でもないという謎
【佐藤】ただの塩水と違って、唐辛子味噌ですからね。そして最後が、海の沖合で足元がだんだんとけていくという恐怖を味わう泥の舟です。相当な怒り、恨みがないと、ここまではやれないでしょう。
【池上】全体のストーリーとしては、「悪いことをしたら、懲らしめればいい」という、ある意味単純なものです。
【佐藤】因果応報。しかも、謝っても許してもらえないこともある。そういうこともあるのだということは、大事な教訓として子どもの頃から覚えておくべきものだと思います。
ただ、ここで私が非常に謎だと思うのは、そこまでやる兎は、復讐劇の発端となった事件の当事者でも何でもないということです。
【池上】そうですね。特におじいさん、おばあさんに恩があるといった背景も読み取れませんから。家の近くに住む顔見知りみたいな存在でしょう。
兎の残虐性は「週刊誌メディア」に似ている
【佐藤】そんな兎が、たぬきにここまで執拗かつ陰湿な責め苦を与えたうえに、「もう悪事は働かないから、助けてくれ」と自分を拝みながら海に沈んでいくのを、冷徹に見届けるわけです。
当事者性がまったくないのに、わがことのように怒り、「犯人」に殺意まで覚えるという点で、兎は世論に置き換えることができるかもしれません。世論は、「かちかち山」型の問題解決を好みますよね。それを後ろ盾にしているのが、週刊誌メディア(笑)。
【池上】著名人などが不祥事を起こすと、謝ろうが何しようが、二の矢三の矢を次々に放って追い詰めていきます。当該事案と無関係のプライバシーまで暴いたりして、立場を失うまで許さない。
【佐藤】死んだも同然になるまで、火傷の上に唐辛子味噌を塗りたくるわけです。それで、本当に死んでしまう人もいるのだけれど。
残虐行為を働いたたぬきに当事者に代わって復讐する兎は、「正義の味方」です。でも、俯瞰してその行動を眺めてみると、なかなかにグロテスクな存在とも言えるのではないでしょうか。その姿は、気がつくと周囲と一緒になってターゲットにバッシングを浴びせている誰か、もしかしたら自分と重なるのかもしれません。
【池上】冷静にそうしたことを考えてみるのに、いい教材だとは思います。ただ、それにしても、この「かちかち山」の読後感は、いまひとつすっきりしません。考えてみれば、「文春砲」も、乗っかって騒いでいるうちはよくても、胸のつかえが下りたというような結末は、多くないような気がしますよね。



