患者は些細なことでも本気で心配する

入院中、深夜にやや大きめの地震がありました。少し揺れたため、夜勤の看護師さんが見回りに来て、声をかけてくれます。

「大丈夫ですか?」
「はい。これくらい大丈夫ですよ」

気張っている私は平然と答えて、また床につきます。

ただ、そこから余計なことを考えてしまいました。

もし、手術中に大地震が起きたらどうなってしまうのだろうか。全身麻酔の最中、喉元を開いたまま、手術が中断なんてことになったら大変だ。

そこから不安になり、なかなか寝つくことができませんでした。

もし、私が医師として患者さんからそのような不安を訴えられたら、そんな心配はしなくて大丈夫ですよと一笑に付してしまうかもしれません。でも、患者の立場になってみると、冗談ではなく本気で心配なのです。

医療者だと冗談に感じてしまうような、ちょっとした不安でも、患者の立場になるとそれは決して小さい問題ではなかったのです。私は過去の自分の言動を悔いました。

不安を癒してくれるクラシック音楽

また思えば、医師はつい患者に強い言葉で、不安を煽ることがあります。

「こんなことしたら危ないですよ……。知らないでいたら危険ですよ……。大変なことになりますよ……」

こういった言葉を使って、患者を正しい道に導こうとします。ただ、軽く脅かすような言動が、実は患者の気持ちに重くのしかかる可能性を感じました。患者の気持ちは弱いのです。

廣橋猛『がんばらないで生きる がんになった緩和ケア医が伝える「40歳からの健康の考え方」』(KADOKAWA)
廣橋猛『がんばらないで生きる がんになった緩和ケア医が伝える「40歳からの健康の考え方」』(KADOKAWA)

さて、地震のあとのこと。翌朝、病棟に低音量でクラシックの音楽が流れていることに気づきました。実は、私が普段勤務している緩和ケア病棟でも、看護師がセレクトした音楽を流しています。しかし、あまり深く考えたことはありませんでした。

そしていま、実際、私が患者の立場になって、クラシックの音楽を聞いたとき、心が癒されている自分がいたのです。今日はどういう治療や検査があるのだろう……。先生たちはいつ来るのかな……。何か困ったことが起こらないといいけれど……。そんな不安な気持ちでいるとき、こういった音楽を耳にすることで、リラックスしている自分に気づきました。

癒しって本当に大切です。きっと音楽でなくても、アートだったり、コーヒーの匂いだったり、何かがあるだけで違うのです。入院して患者の立場になって初めて知った、ちょっとしたことで不安になり、ちょっとしたことで癒される、そんな一夜の体験でした。

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