「アベノマスク」に匹敵する破壊力

安倍政権は衆参選挙に6連勝し、憲政史上最長の7年8カ月続いた。森友学園事件をはじめ「モリカケサクラ」と呼ばれた権力私物化スキャンダルや財務省による公文書改竄、国論を二分した安保法制、二度の消費税増税といった逆風を次々にかわしてきたが、コロナ禍は乗り切れなかったのである。

なかでも「アベノマスク」の汚名は安倍首相を追い詰めたに違いない。やや小さすぎる印象の布マスクを頑なに着用し続ける安倍首相の姿が私の脳裏には焼き付いている。

岸田首相の「増税メガネ」は「アベノマスク」に匹敵する破壊力を持っている。

岸田首相にとってメガネは自慢だった。色違いの同じメガネを数点買うほどのメガネ好きとして知られ、外相時代の2015年には「日本メガネベストドレッサー賞」を受賞してご満悦だった。ブルガリやカルティエ、グッチなど高級ブランドが並ぶ東京・渋谷の老舗眼鏡店に若い時から通い、首相就任後もしばしばメガネの修理に訪れている。

安倍氏は生前、「同期一番の男前は岸田文雄、一番頭がいいのは茂木敏充、そして性格が良いのが安倍晋三」と笑いを誘ったが、岸田首相にとって「男前」は政治家として重要なセールスポイントであり、メガネはオシャレのキーアイテムだった。

「増税メガネ」は政治を動かした

このあだ名を最初につけた人の意図は知る由もないが、ご自慢のメガネを揶揄されたのだから、野党やマスコミの「お行儀の良い追及」を遥かにしのぐダメージを岸田首相に与えたに違いない。首相は国会審議で「どんなふうに呼ばれても構わない」と平静を装ったが、自民党内からは「増税メガネを異常に気にしている」との声が相次いでいる。

日本維新の会の衆院選候補予定者が「増税メガネ」を批判するチラシを作成したことがテレビで報道され、「品性に欠ける」「メガネ着用者への差別」と批判されて「多くの方に不快な思いをさせ、軽率だった」と謝罪した。維新の音喜多駿政調会長も「(増税メガネを)軽い気持ちで使用してきた」として岸田首相に直接謝罪した。これを契機にマスコミにも「増税メガネ」の使用を躊躇する気配が漂っている。

だが、私は最高権力者が愛用する「メガネ」を揶揄して批判することは、政治風刺の文化として許されると思う。メガネ着用者は極めて多く、ファッションとしても定着していることを踏まえると、この政治風刺を差別一般として抑え込むことは権力批判を萎縮させるマイナス効果のほうが大きいのではないだろうか。

岸田首相が就任以降、「聞く力」「丁寧な説明」を連呼しながら防衛増税をいきなり打ち上げ、中小零細にとっては事実上の増税となるインボイス制度を強行するなど強権政治を推し進め、それに対する野党やマスコミの政権批判が迫力を欠くなかで、大衆が最高権力者に対抗する数少ない手段として「増税メガネ」の政治風刺ほど効果を発揮したものはない。

この汚名が世間に広まることがなければ、所得税減税が実現することもなかっただろう。「増税メガネ」は政治を動かしたのだ。

上から目線、自民党内でも孤立無援に

岸田首相は臨時国会の審議で、自民党の萩生田光一政調会長から「所得税も住民税も支払っていない国民に対してどうするのか」と問われ、「より困っている方に的確に給付を与える」と口を滑らせ、あわてて「給付を支給する」と言い直す場面があった。