ここで退職を断ると、今度は閑職への異動をちらつかせる。社員らはここにたどり着くまでに、相当な精神的エネルギーをつぎこんでいる。絶望感にさいなまれると、人事部はまた面談の場を設け、「辞める」という言葉を言うようにそそのかす。そして、一定の退職条件を呑ませ、辞表を書かせる。これにより「本人の意思で辞めた」ということにして、社会的な体裁を保つことができると判断しているのだろう。

大槻さんも10回近い話し合いの後で、地方工場への転勤を打診された。それは、長年、会社に貢献してきた身からすると「受け入れられないものだった」という。このとき、ひとりの力では最早、限界と悟った。その異動を拒否すると、いよいよ解雇にするかもしれないと察知した。

そこで頼ったのが、労働組合のユニオンだった。ときに怒号が飛び交う交渉の中で、会社が説明するリストラの理由はあいまいなものばかりだった。

「会社に戻る考えはもうない。結局、私と営業部長との相性が悪かったことが大きな理由だと思う。私の年齢と、年収が営業部で平均よりもやや高いこともあるだろう」

会社は年俸制となっていて、大槻さんの現在の年収は約900万円。数年前には人件費削減の名目で100万円ほど減らされていた。会社から提示された退職条件は、年収1年分に300万円ほどの功労金が加えられたもの。

「家族は妻と2人だけだが、老後のことを考えてもこの額では納得できない。会社の都合で辞めるのだから、60歳までの分は補償してほしい」。今後の交渉で、さらに上乗せを要求するつもりだ。だが、このあたりは会社とは平行線の状態が続く。

争いに決着がついた後は、個人事業主としていくつかの会社と業務委託契約をして、営業の仕事を続けていく考えだ。その契約額は、固定給の分は月に30万円に満たない。年収は成果にもよるが、250万円ほどになることもありうるという。「こういう条件で働くことができるか、本当に生きていくことができるか、それはわからない。しかしいまの私には、やるしかない」。

苦笑いをした後、“サラリーマンの街”の雑踏の中に消えていった。

(的野弘路=撮影)
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