嫉妬、嫉妬、嫉妬

勢い、紫式部はその地位に比して優遇され、嫉妬の的ともなった。

中宮の内裏還御の車で、紫式部と同乗した女房が不満顔をしたり、一条天皇が「この人は日本紀(日本書紀)を読んでいるね。実に学識がある」と仰せになったのを、小耳に挟んだ左衛門の内侍という内裏女房が、当て推量に「すごく学識ぶっているんですって」と殿上人に言い触らし、“日本紀の御局”とあだ名を付けたりもした。そう日記に書き残した紫式部は、「実家の召使の前ですら慎んでいるのに、宮中なんかで学識ぶるわけないじゃない」と皮肉っている。

まして彰子中宮に『楽府がふ』という漢籍を進講していると知ったら、あの内侍はどんなに悪口を言うだろう、そう思った紫式部は、万事につけて世の中は煩雑で憂鬱ゆううつなものだ……という気持ちになっている。

一方で、紫式部は、宮仕えをしていない貴族女性に嫉妬の念を抱いてもいた。

仲良しの同僚・小少将の君と、宮仕えの愚痴などを言い合っていると、公達が次々とやって来てことばを掛けてくる。適当にあしらうと、公達はそれぞれ家路へと急いで行く。それを見た紫式部は、

「どれほどの女性が家に待っているというのか……と思いながら見送った」(“何ばかりの里人ぞはと思ひおくらる”)

そう記してから、

「我が身に寄せてそう思うのではありません。世間一般の男女の有様とか、小少将の君がとても上品で可愛らしいのに、世の中を情けないものと痛感していらっしゃるのを見ているからです。父君の不運から始まって、“人のほど”(人柄身分)の割に、“幸ひ”(ご運)が格段に悪いようなので」

と言い訳している。

京都府宇治市にある紫式部の石像
写真=iStock.com/Shi Zheng
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我が身の情けなさを思い知る

小少将の君にこと寄せてはいるが、紛れもない紫式部の感想である。どれほど優れているとも思えないのに、男の家路を急がせるほどに大事にされている女がいる。それに比べて、私や小少将の君は、煩わしい宮仕えの身の上という不運。

「さし当たっては恥ずかしい、ひどいと思い知るようなことだけは免れてきたのに、宮仕えに出てからは、全く残ることなく我が身の情けなさを思い知ったよ」(“さしあたりて、恥づかし、いみじと思ひしるかたばかりのがれたりしを、さも残ることなく思ひ知る身の憂さかな”)

と嘆く紫式部の、世の理不尽への憤慨と、幸運な妻たちへの嫉妬の念が、ここにはある。