戦前農林省の減反案を潰したのは陸軍省だった。減反は安全保障と相容れない。我々の食料安全保障を脅かしているのは、輸入リスクではなく農政リスクである。
農林水産省が主張する「食料安全保障」のウソ
国民は、農林水産省は農業を振興して食料を供給してくれるはずだと思っているだろうが、それは大きな誤解だ。農政は、食料増産という目的を達成した1960年代以降一貫してJA農協を中心とする農業村の利益を確保するために運営されてきた。最近では、以前は自粛していた農林水産省からJA農協への天下りが増えるなど、これがますますひどくなっている。一部の奉仕者であって全体の奉仕者ではない農林水産省は、憲法第15条に違反している。
食料危機が起きると農産物価格は高騰する。最も利益を得るのは農家を含めた農業界である。その農業界が、食料危機に対処するための食料安全保障や食料自給率向上を消費者団体よりも熱心かつ声高に主張してきた。
それは「食料自給率が4割を切る」と言われると、国民は「農業予算を増加しなければならない」と思ってくれるからだ。農業界は食料自給率等を農業保護の強化に利用してきたのである。水資源の涵養や洪水防止などの多面的機能の主張も同じだ。多面的機能が必要と言いながら、どうして減反で水田を大量に潰すのだ。
政府は農業界に押されて、食料安全保障強化を名目として、「食料・農業・農村基本法」を見直すと言う。今年5月末、農林水産大臣の諮問機関である食料・農業・農村政策審議会が「中間取りまとめ」を公表し、これに沿って来年の通常国会に同法の改正案が提出される。これを見ても、農業予算の増加という狙いは明らかだ。
「中間取りまとめ」は、日本の経済的地位が低下して穀物等を買い負けるようになっているとして食料危機が起きる可能性を強調し、農産物価格の引き上げや麦などの国内生産の拡大を要求している。
輸入途絶のシミュレーションがない
経済力が低下し輸入リスクが高まったと言うが、我が国の輸入額全体に占める穀物や大豆の割合は1~1.5%程度に過ぎない。穀物等の価格がいくら高騰しても輸入できなくなることはない。だが、シーレーンが破壊されたら、お金があっても輸入はできない。
安全保障が目的なら、食料自給率を上げるために減反政策をやめるべきだが、「中間取りまとめ」は減反の問題から逃げている。審議会の委員の一人で、元財務事務次官の真砂靖氏が減反廃止を再三主張したのだが、取り上げられなかった。真砂氏は、財務省主計局で農林係主査、主計官を務めた農業・農政問題のプロである。それでも、JA農協の政治団体であるJA全中の会長が委員となっている審議会で、真砂氏の意見が通るはずもなかった。
審議会というと中立的なイメージを受けるかもしれないが、既得権者の息がかかっている人や農政についてほとんど知識を持っていない人ばかりなので、国民のために必要な政策が議論されるはずがない。JA農協や農林水産省の言うがままだ。なによりメンバーを選んでいるのは農林水産省なのだ。