「1年6カ月に及ぶ治験の結果では、レカネマブを投与された人は認知症の原因となるアミロイドβの蓄積が約60%減少しました。また、投与していない人と比べて、認知症の進行が約27%抑えられました。期間に換算すると約7カ月の間、症状の進行を遅らせたということになります」

たった7カ月か、と感じるかもしれないが、これは決して侮れない数字だ。治験が行われた期間は1年6カ月だ。その結果が7カ月の進行抑制である。つまり、仮に倍の3年間、レカネマブを投与し続ければ1年2カ月間、さらに6年効果が続けば2年4カ月間、進行を抑制する可能性があるということだ。

ただ、レカネマブはすべての認知症患者に有効というわけではない。

「この薬は多数の原因がある認知症の60〜70%を占めるアルツハイマー病に対する薬です。アルツハイマー型以外の、例えばレビー小体型認知症などへの効果については確認されていません。また症状が進んでしまったアルツハイマー型認知症にも、効き目は期待できません」(岩坪医師、以下同)

レカネマブはあくまで、MCI(軽度認知障害)から、初期の認知症段階のアルツハイマー病患者の症状を遅らせる薬なのである。治験についても、その範囲で行われた。

【図表】認知症になるまでの流れ

また、有益な作用と、それに反する副作用があるのは、どんな薬についても同じだ。レカネマブにも、注意しなければならない副作用が確認されている。

「今回の治験に参加した898人(プラセボ群を除く)のうち、脳血管から血漿けっしょうが漏れたことによる脳浮腫ふしゅが12.6%。小さな脳出血が17.3%(投与しない人で9%)に確認されています。また、亡くなった方が2人いらっしゃいます(レカネマブ投与後の1608例のうち)。薬の副作用が直接の死因かどうかは特定されていないようですが、これらの結果については今後も精査が必要でしょう」

レカネマブ以降の新薬も研究が進んでいる

治療の対象者や効果は限定されるものの、レカネマブがこれまでにない薬であることに違いはない。

「従来あるアリセプトなどの認知症薬は、症状を少しの間改善する効果が期待できる『症状改善薬』です。一方レカネマブは、神経細胞を壊す原因となるアミロイドβが作られるシステムそのものを叩く『治療薬』と言えます」

既述のように、レカネマブはアルツハイマー型認知症に効果を発揮する薬だ。今のところ、それ以外の認知症に用いることはできない。つまり、投薬を始める前に、その患者がアルツハイマー型であることを確かめなければならない。

現在使われている検査方法は、特殊な薬剤を投与して診断する「アミロイドPET」や、腰椎から髄液を採取して、そこに含まれるアミロイドβの量を測定する「脳脊髄液検査」だ。

ただ、どちらも体への負担が大きく、検査にかかる料金も高額だ。

「島津製作所と国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが共同で開発した『アミロイドMS』という方法もあります。数ccの血液を採取し、そこに含まれるアミロイドβの変化を測定することで、被験者の脳にアミロイドβが溜まっているか否かを推定することができます。ただ、血液診断のみで確定することは現段階では無理があり、先に挙げた確度の高い2つの検査のどちらかが必須になります」

そのアミロイドPETと脳脊髄液検査は今のところいずれも保険適用されていない。レカネマブが薬事承認され、保険適用待ちとなった今、測定方法の保険適用もセットで行わなければ意味がない。それも、今年の年末には答えが出ると言われている。