「アタリ上司」の下で働くとメンタルヘルスが改善
最後は早稲田大学の黒田祥子教授と慶応大学の山本勲教授の研究です(*3)。この研究では上司の質を仕事上の能力、部下の管理能力、コミュニケーション能力等で計測し、それが部下のメンタルヘルスにどのような影響を及ぼすのかを検証しています。ちなみに分析対象となったのは、100人以上の従業員を抱える日本の企業です。
この分析によって、興味深い3つの結果が得られています。
まず1つ目は、部下とのコミュニケーションがうまく、仕事ができる「アタリ上司」の下で働く人たちほど、メンタルヘルスの状態が良いことがわかりました。
2つ目は、部下とのコミュニケーションがうまい「アタリ上司」のもとで働く人たちほど、仕事の生産性が向上し、プレゼンティーズム(presenteeism)になりにくくなる傾向が確認できました。
プレゼンティーズムとは、仕事に来ているものの、心身の健康上の問題によって、業務効率が落ちている状況を指しています。プレゼンティーズムが多発する職場には、多少体調が悪くとも仕事に来なければならないといった風潮があると言われています。また、プレゼンティーズムが悪化すると、従業員の通院・入院や退職者の増加にもつながる恐れがあります。
部下とのコミュニケーションがうまい「アタリ上司」の存在は、これらの課題に対処する一つのカギになるといえるでしょう。
3つ目は、部下とのコミュニケーションが下手で、仕事ができない「ハズレ上司」の下で働く人たちほど、離職率が高くなっていました。
上司の質で職業人生が左右される残酷な上司ガチャ
これまでの分析結果から明らかなとおり、どのような人が上司になるかという点は、働く人に大きなインパクトをもたらします。
「アタリ上司」の場合、職場の生産性が高くなるだけでなく、働く人たちが仕事に満足でき、メンタルヘルスも良好になるでしょう。逆に「ハズレ上司」の場合、仕事への不満が溜まり、メンタルヘルスが悪化して、最終的には仕事を辞めることにつながるかもしれません。
このように上司の質は、働く人々の職業人生を左右するほどの影響力を持っています。それにもかかわらず、上司は自分では選べないわけです。
これを残酷と言わず何と言うのだろうかというのが正直な感想です。
さて、このような上司に関する問題は、古くから職場にあるものです。この問題に対処するには、どのような方法が考えられるのでしょうか。
まず、部下は上司を選べないのだからこそ、「アタリ上司」を育成し、登用する仕組みが必要でしょう。また、上司になった後でも業績だけでなく、部下との関係についても評価される制度が必要となります。
経済産業省が主導する健康経営の観点から、後者は以前よりも重要度が認知されるようになってきていますが、今後さらに注目が集まることが期待されます。
(*1)Lazear, E. P., Shaw, K. L., & Stanton, C. T. (2015). The Value of Bosses. Journal of Labor Economics, 33(4), 823–861.
(*2)Artz, B. M., Goodall, A. H., & Oswald, A. J. (2017). Boss competence and worker well-being. ILR Review, 70(2), 419–450.
(*3)Kuroda, S & Yamamoto, I. (2016). Good boss, bad boss, workers’ mental health and productivity: Evidence from Japan, Japan and the World Economy, 48, 106–118