インターネット上の分身「アバター」が更に進化した社会ではどのようなことが可能になるのか。大阪大学大学院基礎工学研究科の石黒浩教授は「アバター共生社会では、人間が身体や空間の制約から解放される。そのため、女性ではできなかったこともできるようになり、ブラジルから日本で働くことも可能になる」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、石黒浩『アバターと共生する未来社会』(集英社)の一部を再編集したものです。

石黒さんそっくりのジェミノイド「イシグロイド」(右)と石黒さん
©五十嵐和博
石黒さんそっくりのジェミノイド「イシグロイド」(右)と石黒さん

中性的な外見を用いた「安全な世界旅行」

アバター共生社会では、たとえばこんな未来が現実のものになる。いくつかのケースに分けて考えてみよう。

①未来の学校の先生――40歳女性

ハワイ在住の彼女は、ある日の午前には自宅リビングから高性能アバターに入り、バルセロナのティビダボの丘を旅行している。サマータイムなのでハワイとバルセロナの時差は11時間。スペインの夜景を楽しみながら、彼女は現地の人と言葉を交わす。

女性が生身の身体でひとりで夜間に出歩くことには、身の危険が伴う。それゆえ行動が慎重にならざるをえない。だがこのアバターは女性らしさを排除した中性的な外見をしており、また、現地のガイドがアバターのそばに付き添ってくれているため、安心して街並みを楽しむことができる。アバターを通しての旅が大変気に入った彼女は、友人を誘っていつか実際に生身で旅行してみたいと思う。

昼食は、地元の大学に通っていたころからの男友達と近所のカフェで――ただし、モニター越しに。持病があってキャンパスに来ていなかったその友人とは、生身で会ったことはまだなく、お互い長年使っているCGアバターしか知らない。だが顔も知らず、直接会わないからこそ言いやすい話題もあり、気安い関係が続いている。

教師である彼女の姉は歌手であり、彼女は自分も歌手になりたかった。その想いの名残から、彼女はCGアバターではディーバ(歌姫)のような外見を用いている。アバターは自らの理想を投影し、ある意味では生まれ変わり願望を満たすことができるものでもある。

実際はカジュアルな服装でも「スーツ姿」に映る

午後は、自分の生身の姿をベースにしたアバターを用いて、自宅の仕事部屋から教師の仕事に遠隔で従事する。実空間の教室に教師型のロボットが置かれてリアルで受講している生徒がいる場合もあるものの、今日はリモートでディスプレイ越しに受講している人しかいない。実際の彼女はカジュアルな服装だが、教師としての立場にふさわしいスーツ姿が、受講者たちのモニターには映し出される。

彼女は中等・高等教育課程の数学と物理を教えており、生徒・学生は世界中にいる。勤め先の学校のカリキュラムに沿った定型的な学習内容はアバターが8割ほど自動で行い、彼女は主に個別対応が必要な部分に遠隔操作で入って対応する。その際にもモラルコンピューティング機能によって発言内容や言い回しが自動修正され、常に丁寧な対応が行われる。

彼女は専門的なことを語る際、やや早口になってしまうクセがある。ゆえにこうした補助機能が受講者の役に立っている。また、スピーカーの話し方や身振り手振りに関しても補正表示機能があり、受講者には説得力のある姿が映し出される。