伝説の一期生は廃れゆく炭鉱町の未来を渾身の力で切り開いた。そしていま、「第二の復興」に向けて後輩たちが立ち上がる。

埼玉県加須市の避難所で慰問を終えたあと、記者会見に応じる。舞台では毅然としていたものの、会見では涙で言葉が出ないメンバーも。

埼玉県加須市の避難所で慰問を終えたあと、記者会見に応じる。舞台では毅然としていたものの、会見では涙で言葉が出ないメンバーも。

1966年1月――。石炭から石油へのエネルギー革命が進行し、全国の炭鉱が閉山に追い込まれる中で、常磐炭鉱の関連事業として誕生したのが常磐ハワイアンセンターだ。主力事業が消滅する前になんとか雇用を確保しようと、炭鉱会社が最後の力を振り絞ってつくりあげた希望の砦だった。

集客の目玉はフラダンスショー。ダンスチームは一期生18人のうち大半が炭鉱関係者の娘という素人集団だったが、彼女らは厳しいレッスンと周囲からの偏見に耐え、衰退する炭鉱町に観光という新しい産業の芽を植えつけた。最大の功労者が早川さんだ。