さらにヘルシンキ大学では、母親のうんちを使う試みをしています。陣痛中の排便は珍しくないため、赤ちゃんはこのうんちから母親の腸内細菌を受け取り、自身の腸内細菌としているのではないかと考えられました。
ただ、実際に母親のうんちを赤ちゃんに塗り付けるのではなく、実験の3週間前から慎重に準備された、母親の糞便サンプルを、安全性を確認の上、十分に薄めて母乳に数滴混ぜ赤ちゃんに与えました。この実験を7人の母子で試したところ、今回の処置を受けた帝王切開の赤ちゃんは生後3カ月までに、経膣分娩で生まれた赤ちゃんと似た腸内細菌を獲得していたそうです(※9)。
※9 Korpela K, et al. Maternal Fecal Microbiota Transplantation in Cesarean-Born Infants Rapidly Restores Normal Gut Microbial Development: A Proof-of-Concept Study. Cell.2020; 183(2): 324-334.e5.
過度な清潔志向はかえって子供たちを危険にさらす
とはいえ、帝王切開児と経膣分娩児の腸内細菌の違いは、単純に結論づけられるものではありません。その違いには帝王切開の際に使われる抗生物質や、経膣分娩児に比べて、病院内で過ごす期間が長くなりやすいこと、母乳を飲み始める時期が遅くなりやすいことなど、恐らく複数の要因が関与しています。
また、正確な比較対象を設定した大がかりな研究がなされているわけでもなく、免疫が未発達である赤ちゃんにいくら母親由来とはいえ、闇雲に細菌の塊を暴露させることに疑問を呈する人もいます。
しかし、腸内細菌は今や治療薬としてベンチャービジネスの対象でもあり、今後大きく期待される領域です。現状の育児では虫歯菌や歯周病菌、ピロリ菌が感染するとして、赤ちゃんにキスしたり口移しで食べ物を与えたりするのを避ける指導がなされることが多いのですが、過度な清潔志向はかえって子供たちを危険にさらしてしまいます。
そのため最近はあえて子供を「汚い」環境に置くことの大切さを訴える人たちもいるなど、細菌と赤ちゃんの問題は、今後の重要トピックのひとつになっています。