一方で保険業界特有の競争激化の事情も絡んでいます。僕自身、弁護士として20年前には今回のような自動車保険金請求をめぐる案件にも携わっていましたが、当時は損保会社の「アジャスター」と呼ばれるプロの調査員が、徹底して不正の存在をチェックしていたものです。どんな小さな不正でも、不正は不正。コストをかけてでも調査すべしという気概があった。わずか数万円の保険金請求なら、数十万円かけてチェックするより支払ってしまったほうがコストはかかりません。しかし一度それを許せば、保険制度の根本が崩れてしまう。自分たちが保険制度を守っているんだという意識で不正チェックをやっていた。

しかし、いまやコスト最優先の時代になりました。背景には損保業界を取り巻く環境変化があるのでしょう。自動車保険では手軽なネット保険も登場し、価格競争が熾烈です。金額の少ない案件まで厳密に調べていたのでは、調査コストのほうが高くついてしまう。そのことに耐えられない業界の現状が、今回の事件の原因の一つだと僕は思っています。一連の事件では、アジャスターは基本的に現場に赴かず、写真のみでチェックを行っていたとか(もっとも、いくら「写真だけ」でも、プロの調査員なら本物の傷なのか、ゴルフボールで殴った跡なのか見分けはつくはずですが……)。

抽象化の思考で普遍的な新ルール・制度を作る

要するに今回の事件は、単にビッグモーターや損保ジャパンという特定企業の倫理観欠如の話では終わらないのです。

「利益を与えてもらっている相手に対しては厳しい態度で臨めない」

この人間の普遍的な原理原則まで今回のビッグモーター事件を「抽象化」し、そのうえで、「利益」と「厳しい態度」が結びつかないような構造に作り替える。「保険金請求を行う自動車販売店には、保険会社に多大な利益を与える保険代理店を認めない」という一般的なルールを作り出していくことが、抽象化の思考です。この抽象化の思考は、ジャニーズ事務所創業者の性加害問題と長くその事実を黙認してきたメディアとの関係性など、他の事象にも応用可能な思考法です。

実際に起きてしまった事件を正しく見極め、処罰するためには具体化の思考も欠かせませんが、同様の問題を将来的に未然に防ぐためには、抽象化の思考こそが大切です。具体化の思考は演繹法、抽象化の思考は帰納法の思考法とも言えるでしょう。事件を肴に騒ぎ立てて終わりにするのではなく、特定の人物や業界、地域、時代を超えた普遍的な新ルール・制度を作るのがリーダーの務めです。

(構成=三浦愛美 撮影=的野弘路)
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