自然なやり取りよりも「繰り返し視聴」が覚えやすい
しかし峯松先生の説は、方言と共通語が使われる“状況”に焦点を当てています。人との自然なやり取りの中では言語習得が困難だが、メディアの繰り返し視聴を通じて言語習得しているという点では私の解釈と一致しています。実際、DVDのセリフを丸覚えし、現実の類似場面でそのセリフを使っていたという子がいます。
そのほかにいただいた意見の中で、私が考えなければならなかったのが“コミュニケーションの問題”でした。自閉スペクトラム症の主特徴のひとつは社会的コミュニケーションの障害です。
私は、人と人が円滑にコミュニケーションするためには、互いに同じような物の見方・知識・社会的振る舞いなどについての情報を共有している必要があると考えました。
日本では、“朝の挨拶は「おはよう」といって頭を下げる”という情報が、多くの人々に共有されています。こういう情報は個々の人々の中から自然に発生してきたものではありません。もともと他人の中にあった情報で、それを私達は獲得し共有しています。その社会の人々の多くがもっている情報を自分の中に取り込むことで、類似のものの見方・知識・社会的振る舞いをもつ集団の一員になっていきます。つまり、ある意味で均質化していくのです。
「暗黙の知識・ルール」が身に付きにくい
このような情報の伝わり方には、少なくとも2つのパターンがあります。
1)ことばや文字などで明示的になされるもの
2)人との自然なやり取り(社会的相互作用)のなかでなされるもの
後者のような形で伝えられるものの中に、「暗黙の知識・ルール」と呼ばれるものが含まれます。あえて、ことばで言わなくても人とのやり取りの中で、獲得しているのが当然と思われる知識・ルールです。しかし、自閉スペクトラム症の人々は、人との自然なやりとりじたいがうまく行かず、その中で伝えられるはずの「暗黙の知識・ルール」が身に付いていないことがあります。
多くの人にとっては、普段自然にやっていることで伝わっている、あるいは身に付けているだろうと思っている知識や社会的振る舞いが獲得できていないことが自閉スペクトラム症の人の場合あるのです。
この自然な人とのやり取りのためには、人の声・表情・身振り・視線等(社会的手がかり)への注意、人への注目、共同注意、意図理解などが大切な役割を果たします。“普通”の定型発達と言われる人は「注意を向けて!」と言われなくても、相手の声の調子や表情が変化するとそこに注意が向いてしまいます。ある意味、そのような特性をもっているとでもいえるでしょう。