商社は、貿易から投資へとスタンスを変化させて、その姿を大きく変えている。コモディティ争奪戦に身を乗り出し、プレーヤーとして存在感を高めているのだ。飯島彰己社長は「人の三井」をどう変貌させようとしているのか――最前線に迫った。
世界中に広がる現場が“人材を育てる学校”
商社マンの戦場は、秒刻みの情報戦であり、1秒でも早い情報が“金のなる木”を生むと信じられていた。しかし、時代は変わり、時代時代によって、商社のあり方も変わっていく。時の早さだけでは、勝負できない時代になった。
「三井物産もそうだけど、商社全体のビジネスモデルが、変わってしまった」
飯島によれば、商社のビジネスの主体はトレーディングから、事業に対して直接投資をして利益を得るスタンスに移っている。交通手段、ロジスティクス、コミュニケーションのシステム……、インターネットや飛行機や高速鉄道などの出現でこれらが均一化し、時間や地理の差を利用した「情報格差」がなくなりつつある。未開の地に分け入り、モノを売り買いする物理的なフロンティアがなくなった今、“商社のありよう”は一変した。
逆にいえば、商社を取り巻く環境が均一化した時代になればなるほど、人と人でしか取れない情報の価値は高まっている。それは、個人の力量、資質が問われることを意味する。だからこそ、三井物産は原点である“人の三井”の教育に力を入れているのだ。海外展開が多い商社の入社面接でも、「海外勤務は望まない」という学生がいる時代である。人材の確保、人材育成に対する危機感は相当強い。
2012年、社長就任4年目を迎えた飯島は、営業部長に号令をかけた。
「人事部が行うとか、社内研修があるとかは(人材教育に)関係ない。各部門の部長の使命は、いかに自分の部の部員を育てるかにかかっている」
プロジェクト業務に長年携わっている常務執行役員、安部(あんべ)慎太郎が語る。
安部が入社して間もなく、上司から分厚い『会社四季報』を手渡された。
「『化学』って欄があるだろう? それがすべて君の客だ」
この一言から、来る日も来る日も“ドブ板”を踏むような飛び込み営業に明け暮れた。今さらながら思うことがある。一人前の人材を育て上げるのに、途方もない時間と労力がかかる、と。しかも、それには近道はない、と。
酒を飲んで語り、出張に同行させて、相手の交渉している姿を見せる。交渉が終わるとすぐにメモを書かせ、赤字で修正を加える。自分1人で済む交渉にも、部下を2~3人同席させて、現場を見せてやる。こうしたやり方を繰り返さない限り、人は育っていかない。
電力、鉄道、エネルギーインフラ、空港、物流、上下水道……、さまざまな領域のプロジェクトを統括する立場の安部にとって、世界中に広がるビジネスの現場が、“人材を育てる学校”なのだ。
「修羅場、土壇場、正念場」
安部は3つの言葉に物産マンの持つ底力を見ようとしている。