部下からいじめを受け、同期からはあざ笑われる

新型コロナウイルス感染症の流行が「第7波」に入ったという認識を政府の専門家会議が示し、憂うつな空気が社会に流れ始めた22年夏のインタビューで、工藤さんはそう話し、中指でメガネ中央のブリッジ部分を軽く押し上げた。メガネとマスク越しではあったが、眉間にシワを寄せて苦渋の表情を浮かべているのがわかった。

「かつての部下には恩を仇で返すかのように陰湿ないじめを受け、同期の奴からは『出世競争に敗れたのに、まだ残っているのか』といったあざ笑うような視線を浴びて疎まれ……。つまり、男たちから蔑まれているんです。会社のために一生懸命働いて部長まで務めた。定年前までは『勝ち組』だったのに……この、私が……どうして、こんな目に、遭わなければ、ならないんですか⁉」

会社の暗い部屋でパソコン画面を見ながら立ち尽くす男性
写真=iStock.com/THEPALMER
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怒りと悔しさで声を震わせた。

工藤さんには2012年、従業員の定年後の雇用について、人事部長の立場から話を聞いたのが取材の始まりだった。当時は、希望する従業員全員を65歳まで雇用することを義務付ける改正高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(*1))が施行される前年。

08年のリーマン・ショック、さらに11年の東日本大震災で日本経済が打撃を受けるなか、生産性向上や人件費をはじめとする経費削減が喫緊の課題であり、業績回復に逆行しかねない従業員の定年後の雇用に頭を抱える経営者も少なくないのが実態だった。

(*1)2021年施行の改正高年齢者雇用安定法のひとつ前の改正にあたる。この改正では、65歳までの継続雇用制度(再雇用か勤務延長)の導入、65歳までの定年の引き上げ、定年制の廃止のうち、いずれかの高年齢者雇用確保措置が事業主に義務付けられた。また継続雇用制度の対象者を労使協定で限定できるしくみが廃止され、希望者全員が対象となった。

生き生きと定年後の人材活用を語っているが…

東北出身で地元の公立大学を卒業後、建設会社に就職し、人事・労務畑を歩んできた工藤さんは、こうした経済情勢において、将来予測も含めた綿密な分析で、定年後の人材の有効活用の必要性を主張した。

「従業員の生きがい創出、それから国の未来にとって非常に重要な社会保障政策の面から、定年後の雇用が重要であるという本来の意義を、経営陣が十分に理解できていないのが問題です。長年の経験から蓄えてきた知識やスキルを効果的に生かすべきで、定年までと比べて待遇は低く抑えられるわけですから、生産性向上にきっとつながるはずです。特に、うちの会社では、設計、施工管理など技術職も多いですし、後進に伝えていく役目も担ってもらいたいと考えています」

感情表出を抑え気味の表情ではあるが、メガネの奥の瞳が生き生きとしていて、定年後の人材活用に力を注いでいることがうかがえた。

「希望者全員の継続雇用が義務化されても、人事、総務などバックオフィス部門の人たちの定年後雇用の需要は、低いのではないのでしょうか?」