これが大前さんが訳した40年前の「マッキンゼーのことば」だ——。
1972年末、マッキンゼー社長C・リー・ウォルトンが来日し、「プレジデント」誌のインタビューを受けた。その場に通訳として同席した大前さんが、編集者に1冊のノートを手渡したことから名著『企業参謀』が生まれた(参照:《大前研一入門【第29回】『企業参謀』誕生秘話(1)—原型は1冊のノート》 http://president.jp/articles/-/6898)。
その伝説の記事を全文再掲載。誌面には、大前さんの手描きによるチャートも掲載されている(なお、原文に対し、読点や括弧類を補っています[オンライン編集部])。

条件成熟……だが "make haste slowly"


「多国籍企業の典型的な生成過程」。40年前、この記事内に掲載された大前さん手描きのチャート。

日本の会社の多国籍企業化路線は正しい選択か。またその公算やいかに……。最近来日したアメリカ・コンサルタント界の名門マッキンゼー社社長は、欧米企業指導の経験を踏まえて、タイトルのように診断する。

多国籍企業については、マッキンゼーはいささかうるさい。なにしろ伝統があり、誇りがある。

たとえば——"多国籍企業"と親戚筋に当たる"世界企業"なる用語を初めて世に出したのは、1959年当時マッキンゼー社副社長の地位にあったG・H・クリーと、シンガー社のA・ディ・シピオの共同執筆論文。またマッキンゼー社はアメリカの大手コンサルティング会社の中では最も早く"海外進出コンサルティング"の業務を開始。さらに自身も海外進出・多国籍化を進め、今日「そのスタッフの3分の1は外国生まれの人びととなり、その受注量の半分は合衆国の外からのもの」(ハル・ヒグドン著『ビジネスの魔術師たち』)という国際マネジメント・コンサルティング会社になっているのである。

というわけで、多国籍企業については、マッキンゼー社としての一家言——定義がある。ウォルトン社長の話もそこから始まった。

3つの属性

Walton 多国籍企業と言うには3つの属性を必要とします。第1の属性は投資の面——。本国以外でかなりの程度の事業活動を行っていることです。これは、海外にやや長期的な金融的関係を持つことを意味している。輸出のように、状況が悪いとサッとその市場から撤退できるといった性質の活動ではありません。

属性の第2は組織の面です。多国籍企業マネジメント上の意思決定を最適化できるよう、組織化されていなければならない。たとえば世界市場を対象とする製品をどこでつくるか——どこで部品を調達し、どこで組立てるかといった意思決定です。言いかえれば"兵站術=logistics"の最適化です。

最後に第3の属性として、マネジメント・メンタリティがある。これがいちばんむずかしい。あらゆる部門の管理者が、多国籍的に考えるようにならなければならない。これはトップ・マネジメントの構成の多国籍化ということにもつながります。

多国籍経営陣

定義にはいる前にウォルトン社長は「ほんとうの意味の多国籍企業はきわめて少ない」ことを強調していた。なるほどこの定義の3つの属性をすべて備えている会社は、アメリカといえども少ないに違いない。まして日本においておや——。

3つの属性の中でもいちばん問題なのは、最後の"トップ・マネジメントの多国籍化"である。ウォルトン社長が最も強調するのもこの点。要件を満たしている例としてイギリス—オランダ合弁の石油会社ロイヤル・ダッチ・シェル社、アメリカの食品会社ハインツ社、さらにマッキンゼー社自身を挙げた。前2社はいずれもウォルトン社長がマッキンゼーのコンサルタントとして、その海外戦略確立に力を貸した会社である。

Walton ご承知のようにシェル社は最近常務会にアメリカ人を迎え入れましたが、私が同社のコンサルタントを勤めていた当時、世界全体のマーケティング活動を指揮していたのは南アフリカ人でした。取締役の一員にはフランスの子会社の責任者であるフランス人がいましたが、彼は同時に全社的な最高意思決定に参画していました。

ハインツ社は本国以外にイタリア、イギリス、オーストラリア、それに日本など世界各地で合弁会社を経営しています。その北アメリカ、カナダの事業活動を指揮しているのはアイルランド人で、その他の国際事業はイギリス人がマネージしている。

当社——マッキンゼー社の場合、多国籍化に踏み切ったのは1957年で現在は世界11カ国に16のオフィスを持っています。われわれの会社は社内の一定資格者がパートナーとなり株式を所有する携帯を採っていますが、その中にはアメリカ人と同様にフランス人、ドイツ人、イギリス人、オランダ人、北欧人らが参加しています。その発言権は対等——というのは、国籍を問わず、ひとりの所有率は5%までというポリシーがあるからです。われわれの最高意思決定は、こうしたわけで、完全な多国籍(人)グループにより行われているのです。いまのところ日本人のパートナーはいませんが、できるだけ早くそうしたいと思っています。

言語障害は解消する

「多国籍企業的思考方法の前提はトップ・マネジメントの多国籍化」というご託宣だが、これは純血主義の日本の企業では受け入れがたい変化ではないだろうか。最近ソニーがアメリカ子会社の社長にアメリカ人を据えたが、しかしこれはやはり例外。それが話題になるだけ、まだアレルギーが強いと思うのだが……。

Walton たしかに今度来日し、日本のマネジャーと話してみると、そんなことはありえないという意見が多い。「言葉の障害がある」「生活環境が違いすぎる」……といった点を挙げます。しかしこういったことは、現在多国籍企業が存在する国々で50年前に言われたセリフです。

日本人の生活様式や意識は変わってきている。たとえば私のところの事務所があるデュッセルドルフにも日本の会社から派遣されている若い社員がかれこれ5000人見当いるようですが、彼らはドイツ語を話すし、英語も流暢にしゃべる。これからの国際語は、外交を別にすると英語だと私は思うが、これは日本人の若者の多くが受け入れている言葉です。そうなれば、言葉の面は、日本の会社の多国籍化にとって、早晩、大した問題ではなくなるでしょう。