韓国軍でいじめを受けていた「Iくん」

その事件は、チュ氏が韓国軍を除隊する4カ月ほど前に起こった。

その事件は、チュ氏が韓国軍を除隊する4カ月ほど前に起こった、2年6カ月にもおよぶチュ氏の軍隊生活の中でも、もっとも強烈、もっとも凄惨な事件であった。

軍の守秘義務があるので、チュ氏がこの話を口外することはなかった。

しかし、「除隊して長い年月が経ったから、もう話してもいい頃だろう」と、チュ氏は筆者に語ってくれたのである。

チュ氏の軍隊時代、Iくんという後輩がいた。Iくんはもともとおとなしい、口数の少ない男だった。どちらかというと暗い性格で、話しかけてもボソボソと答えるタイプだったという。

そのせいか、Iくんは軍隊でいじめの対象になってしまう。

彼が先輩の上兵ふたりと同期一人の3人組にいじめられるようになったのは、事件の3カ月くらい前だったという。

Iくんがそいつらにテガリパゴ(両足と頭頂部で三点倒立する、韓国軍での定番のシゴキ)をさせられている姿をよく見かけるようになった。

倒立
写真=iStock.com/Jan-Otto
そいつらにテガリパゴをさせられている姿をよく見かけるようになった(※写真はイメージです)

「いじめは軍隊の伝統だ」という思いもあった

しかしチュ氏からすると、Iくんとその3人組はとなりの内務班(軍隊生活を共にする班)だったので、キョユク(教育)に口をはさむわけにはいかなかった。

いじめていた3人は、いかにもチャラチャラした感じの「口だけのやつ」という印象だった。その頃チュ氏はすでに兵長で、軍隊の上下関係においては、彼らなど虫けらみたいなものだったが、Iくんにとっては逆らうことのできない絶対的な先輩だった。

「チュ兵長……オレ、いじめられるんです」と、Iくんが相談してきたことがあった。なぜチュ氏に相談してきたのかは、いまとなってはよく覚えていない。となりの内務班だったことと、部署が近くて話す機会が多かったからだろうとチュ氏は言う。

「オマエは軍人なんだから、耐えないとダメだろ」

チュ氏はそう言って励ました。チュ氏も新兵の頃はありとあらゆるヨルチャリョ(体罰)を経験した。いじめは軍隊の伝統だ。それに耐えられなければ一人前の軍人ではない、そういう思いもあった。