犯人のつく嘘と、子供のつく嘘の違い
注意してほしいのは、この嘘が、誰かを貶めたり、自分をよく見せようとしたりする嘘ではないことです。子供たちは、探偵として、〈大人の世界〉に接続し、大人の起こした事件や謎を解決するために嘘をついているからです。
この嘘は、犯罪に伴う嘘とは対照的です。犯人は、詐欺を働いたり、偽証をしたり、証拠を捏造して誰かを貶めたり、言い逃れをしたりしています。しかし、そういう虚栄心からくる嘘で見えなくなった真実を見つけ出すために、子供たちは嘘をついています。
大人の探偵役が果たせなかった役割を、子供が嘘をつくことによって代替していくという設定もまた、コナンを独特な探偵ものにしている一つの要因です。騙し合いを主題にした物語(コンゲームなど)ではないのに、これほど嘘の登場する作品は珍しいかもしれません。
『黒鉄の魚影(サブマリン)』における子供と大人の対話
〈子供の世界〉というキーワードで、コナンの物語世界が持っている独特な構造を掘り下げてきました。コナンの面白さの一つはここにあるとさえ言えるのですが、コナン映画の最新作である『黒鉄の魚影』も、実はこの観点からみて興味深い作品だと言えます。
今回の主役の一人である灰原哀は、元々は科学者だったところを薬によって幼児化し、小学校1年生になっているのですが、その彼女が、映画オリジナルキャラクターである直美・アルジェントと交わす会話に注目しましょう。
直美は、作中に出てくる「パシフィック・ブイ」と呼ばれる巨大海上建築で採用される情報処理システムの基礎を作ったエンジニアで、大人にほかならず、直美にとって灰原は一人の子供にすぎません。しかし直美は、灰原を〈子供の世界〉に属する存在として侮らず、対等な協力者として尊重しながら言葉を交わしました。
通常の場合、大人は子供を〈大人の世界〉に関わらせません。しかし、直美はそのように灰原を扱いませんでした。やむを得ない瞬間だけ灰原を対話相手と認めるのではなく、そうでないタイミングでも、灰原をずっと対等なパートナーとして扱い、一緒に危機へと立ち向かっていました。
直美と灰原の会話を通して『黒鉄の魚影』は、コナンの物語世界を特徴づける〈大人の世界〉と〈子供の世界〉の緊張関係が乗り越えられた景色を描いているのです。「名探偵コナン」が、そもそも〈大人の世界〉と〈子供の世界〉の緊張関係を抱え込んだ作品である以上、このシーンはシリーズ全体を通しても非常に印象深く、かつ魅力的なシーンだと言えます。