「粘い」「水気が多い」から「プルンプルン」「プニョプニョ」へ
早川先生は、食感表現の推移も研究している。いまの若者とかつての若者とでは、味を表す言葉はどう違うのか。
約50年前、高度成長期の真っただ中の1965年に、都内の女子大生を対象に食感用語の調査が行われた。その結果と、早川先生の調査結果(2003年)を比較すると、上がってきた食感表現の数はさほど変わりないという。「いまの若者はボキャブラリーが貧困」という言い古された仮説は、こと食表現については必ずしも正しいとは言えないようだ。ところが、言葉の数は変わらないが、内容には随分移り変わりがあるという。
たとえば「かみやすい」「粘い」「水気が多い」「ニチャニチャ」などは現在の調査には出てこない、いわば“死語”表現。逆に「かみごたえがある」「つるん」「こしがある」「ねばりがある」「のどごしがよい」「まったり」「もちもち」などは、50年前にはなかった新語だとか。
「まったり」や「のどごしがよい」などは、メディアやCMの影響が大きいという。ちなみに「まったり」は漫画やアニメでの使用をきっかけに広まったが、もともと、京都地方で方言として受け継がれてきた古い言葉で、完成度の高い料理に対して使う極上のほめ言葉だそうだ。「一番大きな変化は、『プルプル』とか、『プルンプルン』『ふるふる』『ぐにょぐにょ』『プニョプニョ』など、緩いゼリー状の弾力表現が増えたことです。この50年で食品技術が飛躍的に進化して、さまざまな弾力を生み出す増粘多糖類が開発されました。背景には食嗜好(しこう)の軟化があるのかもしれません」
確かに、今の子は(親も?)プルプルとしたやわらかい食感が大好きだ。言葉の変化の下地には、食生活の変化がまずあるのかもしれない。
50年間の変化はあれど、豊かな味覚表現は日本の食文化の象徴でもある。日本人は四季折々に旬を迎える食材を多様に調理して、五感で食を楽しんできた。そのおいしさを具体的に言い表すことで、いきいきとした味覚表現を生み出してきたのだ。しかし食文化や食習慣が変化し、加工食品や半調理品が食卓に並ぶのが当たり前になった現代は、食事や食べ物に子供たちの関心が向きにくい。
「食べるときに『食べる物を意識する』ということをあらためて考えなくてはならない時代なのかもしれません。食べる物に意識を向ける一番手っ取り早い方法が、どんな味かを言葉に出して言ってみること。言葉にすることで表現が広がるし、気づくこともある」と早川先生。自身も2児の母親として食卓で日々、子供と向き合っている。
「食事をお菓子で済ませてサプリメントをかじるような子になってほしくないので、『これってねばねばしておいしいね』などと声をかけて、食べ物に関心が向くように心がけています」
次ページで日本語の代表的な味覚表現を挙げる。食卓の賑わいの一助として役立てていただきたい。