※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
冷戦期より危険だと思ったほうがいいかもしれない
【手嶋】1990年代の半ば、僕は統一ドイツから、佐藤さんは新生ロシアから、旧ソ連の巨大な兵器廠だったウクライナの核弾頭や大陸間弾道ミサイルが撤去されていく様子を見守ってきました。
【佐藤】半ば破綻国家だったウクライナに核兵器を残しておけば、ならず者国家に売り払われてしまう危険もありましたから。“ウクライナの非核化”は、米国、ロシア、西欧諸国そして日本にとって共通の利害だったのです。
【手嶋】ウクライナから核が持ち去られる様を目の当たりにし、“東西の冷たい戦争”は彼方に去っていったと僕は愚かにも思っていました。しかし、ウクライナで繰り広げられている戦争を前にして、我々は21世紀のいまもなお核の時代のまっただなかにいると認めざるを得ません。
【佐藤】見方によっては、冷戦期より危険だと思ったほうがいいかもしれない。冷戦期の米ソ両核大国は、核軍縮・管理条約という安全装置を備えていましたからね。
【手嶋】米ロ両国はいま、核弾頭を装備した長距離核ミサイルを双方ざっと1500発ずつ備えています。どちらかが一発でも核ミサイルを相手の都市めがけて発射すれば、たちまち全面核戦争となって、地球は滅んでしまう。つまり、米ロの長距離核に関しては、相互の抑止が効いている。プーチンとバイデンが“マッドマン”でないことを祈りたいと思います。
「戦術核」への抑止は不十分
【佐藤】地球最後の日は誰も望んでいませんからね。プーチンがアメリカに突如戦略核をぶっ放すようなことはない。そこは彼の8割の合理つまり“非マッドマン”の範疇です。
【手嶋】ただ、ウクライナの戦域に限ってみると、そう安心するわけにはいきません。ウクライナの戦域の周辺には、小型核を装備したロシア軍の部隊が配備されています。射程の短い核ですから戦術核の範疇にはいります。ロシアの戦術核を抑止し、対抗する部隊がNATO側にあるかといえば、まったくないわけではありませんが、全体として極めて脆弱です。トランプ政権では小型核の配備が真剣に考えられましたが、バイデン政権は取り組んできませんでした。その結果、ロシアの小型核に対する西側の抑止は十分に効いていないといっていい。
【佐藤】だからといって、プーチンが直ちに戦術核を使うとは思えません。しかし、射程が長く、全面核戦争に発展する恐れがある戦略核に較べて、戦術核の使用をためらわせるバリアは相対的に低いことは事実です。