史上最も美しい作品

ちなみに高倉健の唐獅子牡丹の刺青について、1965(昭和40)年公開の映画『昭和残侠伝』で助監督を務めた降旗康男監督がこんなことを語っている。

少し長くなるが、いかに唐獅子牡丹がすばらしい刺青だったか、おわかりいただけるだろう。

「あの頃、東映の労働組合が時間外撮影を拒否していました。だから、撮影は午後五時には絶対に終了しなくてはならない。だから、健さんには朝早くに来てもらって、急いで、入れ墨を入れてもらった。なかなかできあがらなくて、僕は何度も早くしてくれと言いに行った。結局、できあがったのは午後の四時だったのです。一時間ではとても殴り込みシーンの撮影はできません。しかし、入れ墨を見たら、これが素晴らしい出来栄えだった。後にも先にもあれほど美しい唐獅子牡丹を見たことはない。入れ墨があまりにきれいだったから、執行部に頼み込んで交渉して、その日は夜間撮影で仕上げました。いまだに『昭和残侠伝』の殴り込みシーンで健さんが背負った唐獅子牡丹が史上、もっとも美しいものだと思っています」(『高倉健インタヴューズ』野地秩嘉、小学館文庫)

これが高倉健の刺青なのだ。

「悟、これだけはあかんぞ」

どんな絵柄を好むかは人それぞれで、私の兄貴分だった古川雅章組長は虎が大好きだった。自分も虎、息子も虎、若い衆も虎で、虎の絵柄は強制で彫らせていた。

「なんで虎ばっかりなんや」私が疑問を口にすると、古川組の人間が、「古川組は尼崎やろ」このひと言で合点がいった。尼崎といえば阪神タイガースの地元。初代古川は「虎キチ」だったというわけである。

映画『仁義なき戦い』で菅原文太が演じた美能幸三は背中に一匹鯉を彫っていて話題になった。広島は鯉の産地として知られることから、球団は広島カープ、広島城は鯉城となる。本人に聞いたわけではないが、だから美能幸三の刺青も一匹鯉ということなのだろう。

意外に知られていないが、刺青にはジンクスがある。たとえばテレビでおなじみの「遠山の金さん」は片肌脱いで見得を切る桜吹雪がウリになっている。

絵柄としては派手で見栄えもするが、やくざはあまり入れていない。これはジンクスが影響している。

「悟、桜だけはあかんぞ。桜吹雪入れとったら、みな散ってまうぞ。“夜桜銀次”は背中の桜で殺されとんのや」と当時、私たちは竹中正久親分(後の四代目山口組組長)に言われたものだ。