かつての中国同様「世界の工場」となるのを目指す
このような自由化以降のインド経済の成長の中心にあるのが、ITや金融を中心とする第3次産業の台頭だ。第3次産業は労働人口の3割強、GDPでは半分を占める。他方で、製造業など第2次産業は、未発達なままだ。たしかに医薬品の製造に関しては、モディ首相みずから「世界の薬局」と胸を張るほどの優位性を誇ってはいる。しかし全体としてみれば、製造業はインドでは立ち遅れており、依然として4割以上の労働人口が第1次産業に従事している。モンスーンがちゃんと来て、雨が降るか降らないかによって生活が左右される農村人口がまだまだ多いということだ。
そこで、豊富な若年層の所得を増やし、消費を拡大する、すなわち、人口ボーナスをもっと活かすためには、労働力の第2次産業への移行が欠かせない。2014年に成立したモディ政権が、「メイク・イン・インディア」のスローガンを掲げ、各国から製造業への投資を誘致しているのはそうした認識にもとづく。かつての中国と同様、インドが「世界の工場」となるのを目指しているのだろう。
教育水準の底上げが不可欠
もちろんそのためには、教育水準の底上げが不可欠だ。インドに進出した日系企業にアンケート調査を実施した佐藤隆広によれば、「質の高い労働力の確保」が、インドにおける最大のビジネス障害とみなされているという。たしかに、インド独立当初の識字人口は2割にも満たなかった。それでも、2011年のセンサスによると、識字率は74パーセントにまで上昇した。就学率の向上に伴い、ユネスコの推計では、若い世代の識字率は9割を超えているとされる。
先進国と比べると大学進学率はまだ低いものの、進学希望者は増加傾向にあり、優秀なエンジニアを輩出してきたインド工科大学(IITs)などの入試競争は激しい。倍率100倍ともいわれる超難関大学を目指して、塾、予備校などに子供を通わせる家庭は多い。そうしたエリート校に入れば、カーストの壁も越えられるのではないか、という期待もある。ITのような新しい高度専門職は、伝統的なカースト(ジャーティ)には存在しなかったものだからだ。
海外への留学も増えている。とくにアメリカへの留学生数では、2022年には、インド人は中国人を上回り、国別でトップに立った。米中関係悪化の影響もあるが、英語にコンプレックスのない、それなりに裕福な家庭出身のインドの若者たちが増えているのだ。またインド国内でも、IITs、デリー大やネルー大など、名の知れた名門国立大学だけでなく、近年、つぎつぎと私立大学が新設され、学生を受け入れている。こうした変化が起きているのをみれば、これからのインド経済の成長を支える土台は整いつつある。