子どもたちから「先生」と呼ばれて

2007年のある日、障害を持つ子どもが多く集まる児童養護施設から「めだか飼育の指導に来てほしい」という依頼があった。そこでいつものようにめだかについて話した青木さんは、「先生」と自分を呼ぶ子どもたちに胸を衝かれる。

「その頃、自分は生きる価値のない人間だと思っていました。お金も生み出さなければ、未来も見えないじゃないですか。一生働けないんじゃないかって恐怖のなかで、死んだ方がいいなって思ってたんです。その自分を、先生、先生って呼ぶんですよね……」

開頭手術を受けてから5年、家族や親しい人以外から初めて「必要とされている」と感じた瞬間だった。その施設に2度、3度と通い始めるうちに関係者から福祉業界の課題を耳にした。特に障害を持つ人たちが就労支援の事業所で得られる工賃があまりに低いことを聞き、言葉を失った。

その頃、青木さんの掛け合わせによって生まれた珍しい色のめだかを「めだかやドットコム」で販売すると1匹数万円で売れていたから、「僕がめだかの飼育方法を教えて販売すれば、もっと高い工賃を払うことができるのでは?」と思いついた。とはいえ、それまで縁もゆかりもなかった福祉業界に関する知識は皆無。「まずは福祉業界を知ろう!」と立ち上がった。

これが、大きな転機になる。

老健施設で得た確信

福祉業界は、大きく分けると老人福祉と障害者福祉になる。青木さんは最初に、介護を必要とする高齢者の自立を支援する介護老人保健施設(老人保健施設)でアルバイトを始めた。服薬しながらの勤務だったが、やがて心身に活力が湧いてくるようになった。

水槽
筆者撮影
「めだかやドットコムミュージアム」の水槽では色鮮やかなめだかが泳ぐ。

「僕が働き始めた時、おじいちゃん、おばあちゃんはベッドの上でボーっと天井を眺めていました。その姿を見るのが、つらくてね。それで、施設にめだかを持ち込んだんですよ。そしたらみんなすごく喜んでくれて、最終的にすべての居室と事務室にもめだかを置いたんです。そうしたら、みんなめだかを大切に育てるようになって、めだかって本当にたくさんの人に喜んでもらえるんだとわかったんですよね」

施設の高齢者がめだかによって元気になり、比例するように気力を取り戻した青木さんは、正社員に登用された。この施設で夜勤などをこなしながら執筆を進めたのが、2010年に出版しためだか専門書『メダカの飼い方と増やし方がわかる本』(日東書院本社)だ。

それまでなかった内容のこの本がヒットしたこともあって(現在20刷)、福祉×めだかの試みが話題になり、ある障害者福祉施設から副理事として来てほしいとオファーを受けた。青木さんは、5年働いた老人保健施設を後にして、新しい職場に移った。