さらに、集団的自衛権を行使して自衛隊が海外で活動できるようにしたし、かつては防衛費を増強し、防衛庁を防衛省に昇格させた。これらは、自国の防衛力を高めることによって、相手が報復を恐れて日本への攻撃を思いとどまらせようとする抑止力強化の手段である。安倍元首相の努力で、日本はわずかではあるが、より安全になったといえよう。

海上自衛隊の艦隊
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安倍元首相の防衛努力は、なにも国内の防衛力増強だけ、従米一辺倒だけだったわけではない。「地球儀を俯瞰ふかんする外交」を掲げて在任中に元首相が訪問した国・地域は80を数え、飛行距離は約158万キロメートル(地球約40周分)にも及んでいる。

貿易に関しては、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉を、米国離脱後に日本が中心となってまとめた。「自由で開かれたインド太平洋戦略」ではASEAN(東南アジア諸国連合)・南アジア・アフリカ東海岸の国々との結びつきを強め、米豪印とは「QUADクアッド(日米豪印戦略対話)」の枠組みで、影響力を増す中国を牽制した。

防衛問題に対して急速に国民の関心が高まっている

いま、ロシアがウクライナに非条理に侵攻し、中国の習近平国家主席が台湾を統一する意思を示して以来、防衛問題に対して急速に国民の関心が高まっている。日本が不戦の誓いを立てていても、攻め込んでくる国は容赦してくれない。

確かに、安倍元首相もはっきりいわれたように、日本は世界全体の核兵器廃絶を目指す運動を止めてはいけない。壮絶で悲惨な体験をした、唯一の被爆国である日本は絶対にそうしてはいけない。

一方、唯一の被爆国として核を持たない、作らない、持ち込ませないとの心情は日本人にはもっともだが、それで他国からの侵略のリスクはなくならない。残念ながら、日本国憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義」という条件が満たされない世界に我々は住んでいる。

官邸での安倍元首相との懇談の際は基本的に経済について議論する時間しかなかったが、あるときふと「飛来するミサイルを撃墜する技術も進歩はしているが、精度と費用の面で課題が大きい。相手国に撃ち返せるといいのだが」と言われたことがある。また「トランプ大統領(当時)は日本を守ってあげると言うが、本当かわからないトリッキーなところがある」と漏らされたこともあった。

この言葉の真意をもっと詳しく聞いておけばよかったと悔やんでいるが、日本が守ってもらう形の日米安全保障体制の下では、日本の歴代首相は、米国と付き合うたびに、同じような悩みを抱くのかもしれない。