ネットの時代にあえて紙媒体にした理由

ホットペッパーは、2001年にリアルな紙の媒体として出発した。2001年といえば、インターネットが急速に普及していた時期である。多くの人が「紙の時代は終わった。これからはインターネットだ!」と叫んでいた。ユーザーは、ネットでタダの情報を得ることに次第に慣れていった。お金を払って雑誌を買う、有料で情報を買うという行動は過去のものになりつつあった。

しかし、平尾さんはあえて紙媒体でホットペッパー事業をスタートさせた。ひとつには「狭域情報」というコンセプトとの整合性である。インターネットは限りなくリーチが広い。それはそれで強みなのだが、狭域情報という切り口からすると、リーチが広いのはかえって逆効果となりかねない。半径2キロの生活圏の情報が、その生活圏にいる人に届けばよいのである。この狭域への限定性が広告を出す業者にとってのWTP(=Willingness To Pay:顧客が価値を感じて支払ってもよいと思う水準)の源泉になる。ホットペッパーがターゲットにしている地域密着の事業者からすれば、ネット広告の効果はあまり信用できない。顧客がサーチして、こちらに都合が良いようにスクリーニングしてくれなければ広告情報に到達しないで終わってしまうからである。まずは紙媒体で始め、ユーザーとクライアントを囲い込む。その上でタイミングを見てネットに軸足を移していく。ここにも物事の順番にこだわるという平尾さんのストーリー思考がみてとれる。一見時代に逆行するような紙媒体で始めながら、ネットへの道筋ははじめからストーリーに織り込まれていたわけである。

ユーザー(読者)が情報にお金を払わなくなった以上、ホットペッパーを無料で配るフリーペーパーとするのは当然の選択だった。リクルートにお金を払ってくれる「本当の顧客」は読者ではなく、言うまでもなく、広告を出すクライアントである。彼らがWTPを感じてくれなければ商売にならない。特定の地域内に絞って飲食店情報やイベント情報など「タウン情報」を伝えるフリーペーパーはすでに数多く存在していた。先行する競合と差別化するには、独自の価値を提供する必要がある。その武器とされたのが「クーポン」だった。

クーポンはふつう巻末などに付録的についているものだった。ところが、平尾さんはクーポンをメインコンテンツに格上げした。その結果、あらゆる記事は「写真とキャッチコピーとクーポン」というシンプルなフォーマットで統一された。フリーペーパーのおまけとしてクーポンが「ついている」のではない。クーポンそのものが雑誌の主役になった。読者から見たホットペッパーは「クーポン・マガジン」であった。

ネット広告とは違って、紙の雑誌であればいちいちプリントアウトする手間もかからない。ホットペッパーの広告を目にしたユーザーがお店に来てクーポンを使うと、当然のことながらクーポンの実物が広告主の手もとに戻ってくる。クライアントはホットペッパーの効果をクーポンの「戻り枚数」で実感できるのである。「クーポンの戻り枚数、来客数、客単価」で広告効果が売上換算できる。つまり、クーポンはユーザーにとってのホットペッパー魅力になるだけでなく、広告の対価を払うクライアントに向けても、競合との差別化を打ち出すための仕掛けだった。絵にかいたような一石二鳥である。