戦略思考の神髄は、「組み合わせ」よりも「順列」

平尾さんの描いた戦略ストーリーをつぶさにみていくと、彼がいかに物事の「順番」にこだわっていたかがよくわかる。この連載で繰り返し強調してきたように、戦略ストーリーとは個別の意思決定やアクションの綜合(シンセシス)である。「綜合」というとすぐに「シナジー」とか「組み合わせ」という言葉が出てきがちだ。しかし、ストーリーという戦略思考の神髄は、組み合わせよりも「順列」にある。物事の時間的な順番に焦点を合わせるからこそ、因果論理が明確になり、戦略に「動き」が出てくる。「流れ」を持ったストーリーになるのである。

平尾さんは、まず半径2キロの商圏で、飲食業者、とくに居酒屋に限定して広告受注の営業をかけた。次に、9分の1ページの広告を3回連続で受注する。そのために一日、一人、20軒、訪問を実行する(後述するように、のちにこの流れは営業戦略の中核として、全員が唱える「念仏」となる)。このやり方で、半径2キロ圏内でNTTデータに登録されている飲食店件数の15%を獲得、もしくは100件を超えたら次の美容院やスクールといったコンテンツに向かう。このように、手をつける順番がやたらとはっきりと決められていた。

サンロクマルの時代から、飲食コンテンツがキラーコンテンツになるという認識はあった。しかし、サンロクマルはエステへの営業に流れた。とりあえず受注しやすいのがエステの広告だったからだ。その結果、サンロクマルは次第に怪しいエステ本になっていった。これに対して、平尾さんはホットペッパーではまず飲食業者を何よりも優先して攻めることを明確に打ち出した。飲食であればだれでも関心を持つ。食事は日に3度訪れるもっとも普遍的な需要である。だから飲食から始めるというのが平尾さんの考えだった。

事業をスタートしたばかりの初期の段階では、このように戦略ストーリーで物事の順番を明確にしておくことがとりわけ大切になる。多くのことが「やってみなければわからない」からである。とくに初期の段階では、やることなすことが実験の連続になる。時間軸が明確に入ったストーリーになっていれば、きちんと早く失敗できる。構想した戦略がどこでスタックしたのか、何をハズしたのか、どこがまずいのかがたちどころにわかる。平尾さん流に言うと、「誰がバカかわかる」のである。