ヤクザは「天照大神」、テキヤは「神農黄帝」
かなりシンドイ肉体労働に、幹部であっても従事する。さらに言うと、裏社会で調査の場数を踏んできた筆者は、覚せい剤などの違法薬物使用には鼻が利く方だが、多忙なタカマチの日に、15時間労働でへとへとになりながら違法薬物を用いている若い者を見たことがない。
何より、神農であるテキヤは祀神(祭神のこと)が違う。
テキヤの盃事の儀式には、中国神話の農業の神である神農と、中国の伝説の帝王で医学の祖とされる黄帝、「神農黄帝」の軸を掲げる(ヤクザの場合は「天照大神」を中央に掲げ、「八幡神」、「春日大社」を左右に掲げる)。
[筆者註:テキヤは自らを神農と名乗るとともに、神農を崇める。テキヤの業界を神農会と呼ぶ。この神農とは「古代中国の伝説的な人とも神ともつかない存在で、『淮南子』などに出てくる。頭に角がある姿で描かれるテキヤの間では、良薬になる植物を発見するために自らの命の危険を冒して、さまざまな植物を毒見した神とされている。現在でもテキヤの一部が神農を崇めるのは、彼らの系譜につながる古い時代のテキヤが薬草を商っていた名残とされている」(厚香苗『テキヤ稼業のフォークロア』青弓社、2012年、29頁)]
寅さんはテキヤであってヤクザではない
テキヤはヤクザか――現時点では筆者の見解とは異なる意見もある。たとえば、溝口敦氏の『暴力団』(新潮新書、2011年)では、以下のように書かれている。
これは体感的には納得するが、得心できない。実際、縁日の雑踏を、これでもかという威圧的な人数で警察官がパトロールしていたが、こちらから挨拶をしても、返事を返されたためしがない。
ただ、溝口氏は関東在住だから、テキヤ系指定暴力団の極東会に目が慣れているのでヤクザ色が強く感じられるのかもしれない。西日本のテキヤは、行政の厳しい規制にも従順であり、商売にも熱心に取り組むし、指定暴力団でもないから、当局の目も関東に比べると緩やかなようだ。
こうした傾向を象徴する出来事が、朝日新聞の記事になった(「朝日新聞デジタル」2019年1月28日)。代々木公園の平日(ヒラビ=常設屋台)摘発である。暴排における当局の本気度と、異例とはいえ、テキヤの肩身の狭さを象徴する出来事であった。
同様の取り締まり強化が、他所の地域に飛び火しないことを祈るばかりである。