経済成長によって思春期の子どもの生活満足度は低下
この点に関して、韓国の高麗大学校のロバート・ランドフル教授らが分析を行っています(*3)。ランドフル教授らは2018年のOECDの学習到達度調査(PISA)を用い、15歳の子どもの生活全般の満足度と経済成長の関係を分析しました。
分析の結果、一人当たりGDPの高い国の子どもほど、生活全般の満足度が低くなることがわかりました。彼らの計算によれば、もし一人当たりGDPが2倍になった場合、48%ほど生活全般の満足度が低くなっていました。また、一人当たりGDPの高い国の子どもほど、喜びや安堵などのポジティブ感情が低く、悲しみや怒りなどのネガティブ感情が高くなっていたのです。
これらの結果は、「経済成長が必ずしも子どもの幸せにつながっていない」ことを示しています。
ランドフル教授らは、子どもたちの直面する学習状況と生活全般の満足度の関係についても分析しました。
分析の結果、PISAで実施したテストの点数が高かったり、学校で生徒が互いに競争しているという意識が強いほど、生活全般の満足度が低下することがわかりました。また、逆に学校で生徒が互いに協力し合っているという意識が高いほど、生活全般の満足度が高くなっていたのです。
これらの結果から、学校において生徒間の協力よりも競争が重視される場合、子どもが疲弊してしまい、生活全般の満足度が落ち込んでしまうと考えられます。
なお、子どもたちの直面する学習状況を分析で考慮すると、経済成長の負の影響は半分程度にまで落ち込みました。このため、経済成長による教育状況の違いが子どもの生活満足度低下の大きな原因だと考えられます。
豊かになるがゆえに生まれる教育競争
「経済成長が子どもの幸せにつながっていない」という結果はショッキングです。
経済成長が子どもに多くの恩恵をもたらすことは間違いありません。国が豊かになり、生活の基本的な欲求が満たされるようになれば、生活は確実に向上するでしょう。
しかし、その社会で豊かな生活を維持していくためには勉学に割く時間を増大させる必要があり、それが子どもたちの幸福度を低下させてしまうと考えられます。
これは国が豊かになったがゆえに出てくる新たな課題だと言えるでしょう。
そして、この課題に今まさに直面している国として挙げられるのが韓国です。
韓国は2000年以降、年平均の経済成長率が約3.8%と高く、国全体が豊かになっています。しかし、受験に向けた競争は厳しく、子どもたちは多くの時間を勉学に割く必要あります(*4)。
今回紹介した論文は世界の子どものデータを基にしたものですが、著者であるランドフル教授らは韓国在住であり、韓国の子どもの直面する状況を見て、論文の着想に至ったのかもしれません。
(*1) Easterlin, R. A.(1974). Does Economic Growth Improve the Human Lot ? Some Empirical Evidence. In David, P. A, and W. R. Melvin (eds.) Nations and Households in Economic Growth, Academic Press, New York, USA, pp. 89-125.
(*2) 大竹文雄・白石小百合・筒井義郎(2010). 『日本の幸福度 格差・労働・家族』(日本評論社)
(*3) Rudolf, R., Bethmann, D.(2022). The Paradox of Wealthy Nations’ Low Adolescent Life Satisfaction. Journal of Happiness Studies,
(*4) 金敬哲(2019). 『韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩』(講談社)