「シンガポールでは、蚊が媒介するデング熱が大きな社会問題になっていて、毎週あちこちで殺虫剤が撒かれていました。蚊が卵を産まないように植木鉢の底の水を空にしておくようにと呼びかける政府のポスターもよく見かけました。
妹が小さいときからよく蚊に刺されるのがかわいそうだと思っていましたが、シンガポールの状況を見て、日本に移ったとき、蚊の研究をはじめるなら今だと思ったんです」
家族から影響を受けた「3つのもの」
5年ぶりに田上さんを取材するに当たって、親御さんにもお話を聞けないか打診したが、NGであった。田上さんに続いて、2020年9月には妹の千笑さんもコロンビア大学に入学している。子どもが二人ともアメリカの名門校に合格するというのは普通ではない。もしノウハウのようなものがあるなら聞いてみたかったが、後から浅ましい考えであったと思い直した。
田上さん自身は、家族から受けた影響が3つあるという。
「一つめは、絵本です。母は小さいときから毎日絵本を読んでくれていつも周りに本がありました。そのときから本が好きになって、アメリカの大学で大変なときにもいつも僕の心の支えになってくれています。
二つ目はそろばんです。母はそろばんを持っていて物心がついた頃には毎日少しずつそろばんと暗算を教えてくれていました。そのときから算数が好きでそれが今の数学への情熱に繋がっています。
三つめは家族とのリビングでの時間です。僕は自分の部屋を持ったことが無かったので、いつもリビングで勉強をしていました。ふと顔を上げると家族がそばにいたので励みになりました。家族に感謝しています」
研究を続ける理由は「蚊って面白いんです」
私が田上さんに台所のテーブルで話を聞いているうち、時折、取材に同行したカメラマンの東谷忠さん(連載記事用の写真撮影を担当された)と談笑する千笑さんとお母様の声が聞こえてきた。その内容は、光の量の調整とか陰影といった撮影技術に関するものだった。田上家からの帰りがけに聞くと、東谷さんは二人から質問攻めにされたという。家族揃って好奇心旺盛であることがよくわかった。なお千笑さんは、兄の蚊の実験を手伝ったのがきっかけで、大学では環境問題を学びたいという。
蚊の研究は今も続けている。
「蚊って面白いんです。大学で学んだことを活かして研究しています」
田上さんは、教授たちの推薦を受け、2020年11月の受験に合格し、2021年1月コロンビア大学院修士課程に進学。さらに22年5月には同大学の学士号と修士号を同時に取得して、10月にはオックスフォード大学博士課程に進むため渡英した。彼の活躍が今後も楽しみでならない。