今回のインボイス制度も危うい。インボイス批判に、事務作業が煩雑で負担が大きいというものがある。インボイスを紙で回せば、たしかに手間がかかって面倒だ。しかし、電子化すればほぼ自動で処理が終わる。むしろ今回は一律に受発注の電子化を義務づけて生産性を向上させる千載一遇のチャンスだったが、政府は電子化に踏み切らなかった。

反対の声を受けて、新たな例外もつくられそうだ。政府与党は22年11月、2つの経過措置を実施する方針を明かした。これらの措置により、帳簿方式のイカサマのしやすさや益税のうまみがしばらく残ることになった。モラトリアム法のときと同じく、またも政治家が「仕事」をしたのである。

賃上げよりもタックスリターン制を

日本には政治家が「仕事」をした業界がいろいろある。たとえば開業医だ。かつて開業医でシェアナンバーワンの保険請求システムは、三洋電機のものだった。人気の秘密は、“鉛筆を舐めやすい”システムだったからだ。

そもそもイカサマが横行していたのは、病院には、たとえば保険診療報酬が年間2500万円以下の場合、概算経費率72%という優遇税制が存在する。病院には製薬会社のMRが営業のために大量のサンプルを持ってくる。サンプルの仕入れコストはゼロだ。それを患者に処方しても経費率72%で計上できるのだから、開業医は笑いが止まらない。血液検査などの業者も、同じようなうまみを盛り込んで開業医に出入りしている。高級車に乗るのも、さもありなんだ。ちなみに、パナソニックが三洋電機を買収してからは、“鉛筆を舐めやすい”システムはなくなった。

農家も「おいしい」職業だろう。自家用車は農協の低金利のローンで買って減価償却。それに乗って遊びに行くガソリン代は経費に計上する。農閑期にハワイ旅行に行くのは、「パイナップル農園の視察」だそうだ。

その立場を手放したくない農家の息子は、本業でサラリーマンをしつつ細々と“兼業”で農業を続けていく。日本に兼業農家が多いのはそのためでもある。

農業に参入しようとしたある個人の話だが、ほぼ耕作放棄地になっている農地50アールを買いたいと申し出たという。価格を聞いたら3000万円。「高くて無理だ」と答えたら、農家は「米の収穫の10%をもらえれば年5万円で貸す」とタダ同然の賃料を提示してきた。農地を売れば農家の身分を失うが、貸せば農家のままでいられる。また10%あれば自分は食っていける。それゆえの価格設定だった。

その実質隠居した農家にも優遇税制がある。親が亡くなっても農業を続ければ、農地などの相続税が免除になる。さらに農地は(家付きでさえ)農家しか買えないという障壁もある。こうしておいしい身分が親から子へと引き継がれていくのである。