説明ゼリフは極力入れたくない

――セリフに重層的な意味を持たせたり、情報を提示する順番、回想の入れ方なども緻密に計算されているように見えますが、生方さん自身は「そんなに伏線を作ろうとは考えてない」と発言されていますよね。

【生方】あまり伏線というつもりで書いていなくて。ここで起きた出来事を後で使えるなと思って取っておく、みたいな感覚はあります。あらかじめ回収するために伏線を張っておくというよりは、後から「これは伏線になるな」と拾うような感じです。

――あと4話では、ロッカールームでの想と湊斗のやりとりのシーンと、その後に起きる湊斗が紬に別れを告げるシーンの時系列が入れ替わっていました。そこで「何時間前」みたいなテロップを入れていちいち説明しないところにもセンスを感じました。

【生方】脚本上では、キャストの皆さんがわかりやすいように、すべての回想シーンに何年何月の話だというのは書いてあるんです。ただ1話の時点から、映像ではテロップとか入れなくても伝わるよね、という方針で一貫していました。

ロッカールームのシーンについても、回想だとわかるように同じ描写を少し前から繰り返した方がいいかな、という話もあったみたいなんです。でも、それまでのSNSなどでの反応から、視聴者のみなさんがじっくり見て理解してくださっていることがわかったので、説明的な描写はしないでスルッと回想に入るという編集になっていましたね。

――伏線の張り方にしても、回想の入れ方にしても、セリフに頼りすぎない映像的な演出が多いですよね。例えば6話で、桃野奈々(夏帆)がショーウィンドウのハンドバッグに憧れているシーンも、セリフでの説明はないのにほとんどの視聴者がその意味をちゃんと読み取っていました。

【生方】あまりにも伝わりにくいところは、村瀬Pや風間太樹監督をはじめとする演出の方が、本打ち(脚本家が、プロデューサーや監督と打ち合わせて脚本を直していく作業)で指摘してくれるので、そこは説明的になりすぎず、でも意味が伝わるような絶妙なラインを探りながら書いています。

それに風間監督は、このシーンはどういう心情で撮るのか、どういう意味で撮るのかをちゃんと相談してくださるんです。それが伝わるように演出をつけてくれる信頼があるので、いい意味で丸投げして書いているときがありますね(笑)。

ドラマ「silent」に出演の夏帆
写真提供=フジテレビ

――得てしてテレビドラマは、ながら見している人でも展開が伝わるように“わかりやすさ”が求められがちですが、本作は視聴者のこともきちんと信頼している印象を受けます。生方さんの脚本は、リアリティーのある自然な会話に定評がありますが、やはりそこは意識的にこだわっているのでしょうか?

【生方】私自身が、他のドラマを見ていて説明的なセリフがあると引っかかってしまうタイプなので、「わざわざ知っている情報をこんな言い方はしない」みたいなのは極力入れたくないと思っています。

ドラマでしか聞いたことのない言葉遣いや、世代に合わない言い回しを避けるようにはしていますが、何か具体的なこだわりがあるわけではありません。シンプルに、自分が耳で聞きたい、目で追いたいと思えるセリフを書いているだけです。

言葉はコミュニケーションにおける“公式”にすぎない

――想が高校時代に書いた作文のテーマが「言葉はなんのためにあるのか?」だったことが象徴的ですが、説明的なセリフに頼らないことを含め、生方さんは言葉の不確かさや伝わらなさにとても自覚的な気がします。本作で「言葉」をどのようなものとして描こうとされたのでしょうか?

【生方】言葉そのものはコミュニケーションのツールでしかないと思っていて。例えば、数式を解くためには公式を知っていると解きやすいけど、知らなくても解ける場合があります。人と人とがわかりあうことを“数式を解く”ことにたとえるなら、言葉は公式でしかないと思うんです。

必ず必要なわけじゃないけど、覚えておくと便利。でも使い方を間違えると、答えにたどり着けなくて余計にやっかい。覚えて使うことよりも、証明するほうが面白いところも数学の公式に似ている気がします。『silent』は、登場人物たちが徐々にそのことに気づいていく話にしています。