子どもにうそをついてはいけない

この日の朝は、浜本医師の診察の前に、近藤さんの面談があった。

「まずは、退院できてよかったね。これからの抗がん剤もがんばりましょうね」

近藤さんはいつものように、赤いフレームの眼鏡を頭のてっぺんに載せ、笑顔でそんな話をしたあと、「双子の子どもちゃん、最近どうしてる?」と聞いてきた。

みどりさんがスキルス胃がんと診断されてから、ほぼ1カ月がたっていた。診断される前と比べて、2人が不安にかられるなどして行動に変化が起きていないかを尋ねる質問だった。

みどりさん、こうめいさんとしては、娘たちの様子に際立った変化は感じていなかった。

みどりさんが11月9日に病院を退院して以来、2人は幼稚園にいるとき以外はいつもママと一緒にいられた。もちろん、病気になる前とは比べようもないほど、みどりさんの体力は落ちていた。痛みのせいで、ベッドに横になっている時間が増え、乾いたセキも続いていた。

それでも、もっちゃん、こっちゃんには極力笑顔を見せていた。2人にすれば、ママがいつも近くにいるという安心感はやはり大きいようだった。

続いて、近藤さんはみどりさん、こうめいさんに対して、子どもたちにがんという病気について伝えることをすすめた。

たとえ小さくても、子どもは親の病気について何もわかっていないわけではない。むしろ、親の変化を敏感に察している。

小さな子どもも、ママの病気と闘うメンバーの一員だ。そして、子どもたちには「どんなときも、家族の一員として大事にされている」と思ってもらう必要がある。

そのためにも、がんであることを隠さずに、きちんと伝えたほうがいい。

近藤さんは、みどりさんが入院していたころから、主に叔母たかこさんを通じて「子どもにうそをついてはいけない」と伝えていた。

がんという病気について何も知らされないまま親を亡くした子どもは、「きっと私のせいで死んでしまったんだ」と思い込み、傷ついてしまうことがあるといわれていた。

とりわけ、もっちゃん、こっちゃんと同じ3~5歳くらいの子どもは、自分の考えや行為が、親の病気の原因になったと考えがちであると指摘されていた。

2人の子どもに、どう伝えるか

翌週、21日の外来受診のとき、近藤さんは、みどりさんたちに、「説明するときの参考にして」と言って、NPO法人「ホープツリー」が作成した『子どもとがんについて話してみませんか』など複数の冊子を渡した。

冊子には、3~5歳の子どもに向けて話すとよい内容が記載されていた。病気になったのはだれのせいでもないこと、がんという病気はほかの人にうつらないこと、といったことだ。

別の冊子には、「『心配させたくないから子どもには知らせない方が良い』という考え方もあるが、子どもは親の病気について情報が与えられなくても、『いつもと違う何か』を感じとっている」といった内容が書かれていた。

「やっぱり、近藤さんってパワフルだよね」

病院から帰るクルマの中で、みどりさんはこうめいさんと話し合った。

「でも、こうして子どものことを気にしてくれるの、うれしいね」

みどりさんが10月に吐血して入院したときから、娘たちにはママが病気であることを伝えていた。慶應義塾大学病院に転院したときも、病気の治療のためだと説明していた。夫婦にとって、新たに病名を伝えることに抵抗感はなかった。