ジョンソン氏はEU離脱で取り残された「レッド・ウォール(旧炭鉱街や脱工業地域に広がるかつての労働党の支持基盤)」も取り込んだが、トラス氏は狂信的リバタリアンたちのフラストレーションを代弁する形で「低税率・高成長経済」を強行し、市場の厳しい洗礼にのみ込まれた。英国はアッという間に欧州債務危機のギリシャやイタリアと同じ状況に陥った。

ジョー・バイデン米大統領は天敵ドナルド・トランプ前米大統領と同じ「トリクルダウン(富裕層や企業の富が労働者に滴り落ちる)経済学」を信奉するトラス氏の政策を「誤り」と切り捨てた。トラス氏がトラブルシューターに選んだジェレミー・ハント英財務相はトラス氏の減税予算をバッサリ切り捨てた。今度は狂信的リバタリアンたちが収まらない。

2カ月の「政治空白」を生んだ保守党党首選は何だったのか

エネルギーや生活費の危機、ウクライナ戦争の最中、約2カ月の「政治空白」を生んだ保守党党首選はいったい何だったのか。有権者4884万人超のわずか0.17%にも満たない保守党党員8万1326票にやはり政治的正当性はなかったことが証明されただけだ。

約1週間で決めることになった党首選に立候補するには100人の推薦人が必要という高いハードルが設けられた。保守党党員にはオンラインで投票してもらうと言いながら、下院議員による投票で決着を図りたいという思惑が透けて見える。

現実的中道派のリシ・スナク元財務相と「最もセクシーな下院議員」と評判のペニー・モーダント下院院内総務がタッグを組み、下院議員投票でトップに立った方が首相になるよう連携していると言われる。これに対して狂信的リバタリアンたちが担げるのはカリブ海で家族と休暇中のジョンソン氏しかいない。ジョンソン氏は帰国予定と英メディアは報じている。

そもそもジョンソン氏に100人の推薦人を集められるのか。党は空中分解、予算案や重要法案は造反で議会を通るかさえ分からない。インフレ、エネルギー危機、住宅ローン上昇、倒産、景気後退への懸念、年金危機、原則無償の国民医療サービス(NHS)危機と超難解な問題が山積する中、派手でパフォーマンス好きのジョンソン氏が果たして火中の栗を拾うのか。