<就任からわずか45日で辞任に追い込まれた英トラス首相だが、日本より財政が健全なイギリスがここまで苦しむのには理由がある:木村正人>
ロンドン、イギリス - 2016年11月28日:英国首相の住居であるロンドンの10ダウニングストリートの前の警備員。
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[ロンドン発]減税による成長戦略をぶち上げ、債務危機に火をつけたリズ・トラス英首相が就任からわずか45日目の10月20日、首相官邸前で「このような状況では保守党から委任されたマンデートを実現できない」と大方の予想通り辞任を表明した。28日に新党首(首相)が選ばれるまで首相職に留まるが、英国史上最短命の首相となった。

これまで最短命記録は1827年に肺炎で急死したジョージ・カニングの121日。トラス氏はナチスドイツに対する宥和政策で知られる第二次大戦中のネヴィル・チェンバレン(保守党)以来80年以上ぶりに一度も選挙を戦うことが許されなかった首相という汚名も残す。

欧州連合(EU)離脱、英国内だけで20万人以上の死者を出したコロナ・パンデミック、ウクライナ戦争という未曾有の危機が続いたとは言え、「平時」の同じ議会会期中に首相が2度も交代するのは尋常ではない。

トラス氏は「私が首相に就任したのは経済的にも国際的にも非常に不安定な時期であった。家庭や企業は請求書の支払いを心配していた。ウラジーミル・プーチン露大統領のウクライナでの違法な戦争は欧州大陸全体の安全を脅かしている。そして、わが国はあまりにも長い間、低成長によって抑圧されてきた」と持論を繰り返した。

「私はこの状況を変えることを使命として保守党に選出された。エネルギー法案と国民保険料の削減を実現した。EUを離脱したことによる自由を活かした低税率・高成長経済のビジョンを打ち出した」が、消費者物価指数(CPI)が10.1%に達し、英中銀・イングランド銀行が政策金利を0.1%から2.25%に引き上げる中、飛んで火にいる夏の虫だった。

保守党に巣食う「市場原理主義ジハーディスト」

トラス氏は英高等教育専門誌タイムズ・ハイア・エデュケーションの世界大学ランキング1位のオックスフォード大学でPPE(哲学・政治・経済学)を履修したはずだが、首相として臨んだ経済学と財政学の試験はゼロ点だ。それは、魑魅魍魎ちみもうりょうが棲む保守党政治にどっぷり浸かり、党内力学の風向きだけを見て経済財政政策をぶち上げたからに他ならない。

2019年、ボリス・ジョンソン首相がEU離脱の実行を掲げ、総選挙で地滑り的勝利を収めた保守党は現在71議席の過半数を持っており、本来なら政権は安定してしかるべきだ。しかし党内は現実的中道派、ジョンソン氏とトラス氏を担いだ「市場原理主義ジハーディスト」と呼ばれる狂信的リバタリアンたち、旧炭鉱街や脱工業地域の選出組の3つに分かれる。