ITはビジネスのあり方を大きく変えてきた。次々と登場する「新語」にどう対応するか――。歴史を知ることが、潮流を掴む近道になる。

人気サービスの萌芽は90年代に誕生していた

爆発的に普及し、我々の仕事のあり方を変えたインターネット。慶應義塾大学大学院の砂原秀樹教授がその原点として挙げるのは、1969年に任意団体のIETFにより公開が始まったRFC(Requests for Comments:コメント募集)だ。これはネット技術の仕様を保存・公開する仕組みで、当初は「こんなことを考えました。意見を聞かせてください」という意味の文書だったが、現在は事実上、ネットでの標準規格となっている。

(PANA=写真)

「今日、パソコンでも携帯電話でも同じネットワークに繋がるのは、RFCのお陰。インターネットでは、RFCで広く意見を募り、ユーザーの要望に応えて成長し続けるという仕組みが、当初から盛り込まれていた」(砂原氏)

その後、80~90年代にかけて、マッキントッシュの発売(84年)、ブラウザ戦争(95年)、ウィンドウズ95発売(同)と、インターネットを前提としたソフトやハードの発売と普及が進み、「パソコンとインターネットで仕事をする時代」が到来する。そしてその間、現在人気のiPhoneの原点ともいえる製品・ニュートンが発売(93年)されている。

「ニュートンはアップルが世界で初めて売り出したPDA(携帯情報端末)だったが、携帯用としては大きく、バッテリの寿命も短く、販売不振で生産中止となった」(野村総合研究所・城田真琴上級研究員)

またこの時期、グーグルマップの原点といえるサービスも生まれている。

「ネット地図情報サイトとして最も早く本格的なサービスを始めたのがマップクエスト(95年)。高速回線が普及していなかったことなどから伸び悩み、2000年にAOLに買収された」(同)

現在人気のサービスも、そのアイデアは90年代に生まれている。しかし当時はハードの性能や通信速度がボトルネックとなり、普及しなかった。

一方、日本の状況はどうか。国産の携帯電話は、iPhoneなどと比べて「ガラケー」(ガラパゴス携帯:世界から隔絶され独特の進化を遂げている携帯電話の意)などと揶揄されるが、関西学院大学の鈴木謙介准教授によれば、90年代には早くも、「ガラパゴス化」の萌芽が見られるという。きっかけは、東西NTTによるテレホーダイ(テレホ・95年)の登場だ。

「これは23時から翌8時までの深夜早朝に限り、指定した電話番号への通話料金が定額となるサービス。01年にADSLが登場するまで、国内でのネット接続は通常の電話回線が主流で、固定料金でネットに繋ぐには、事実上テレホを使うしかなかった。つまり、日本のネット空間は深夜早朝に使うものとしてスタートした。このため、可処分時間の豊富な30代独身男性がメーンユーザーとなり、『こんな時間に俺たち何をやってるんだ』と自嘲しつつも、独特のノリを共有するという文化が育まれていった」彼らを虜にしたのが、99年に登場した巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」だ。

「アメリカを中心とする海外では、ネット上でも実名のコミュニケーションが主体。一方、日本では身元を明らかにして精緻な議論を交わすよりも、匿名の人間同士で『ノリを共有すること』が重視されてきた」(鈴木氏)さらに、99年の「iモード」は、携帯を通じて匿名の個人が繋がるという日本のネット文化の特殊性を決定づけた。

「日本では、パソコンよりも安価にネットに繋がるための手段として、携帯電話が選択された。20代以下の世代はネットといえばケータイであり、この状況を背景に、『ミクシィ』(04年)や『グリー』(同)といったSNSのほか、ケータイ小説や出会い系サイトが発達した」(同)