ウクライナ戦争をはじめ、世界が急速に不安定化しているのはなぜなのか。評論家の中野剛志さんは「NATOの東方拡大がロシアを追い詰め、侵攻に踏み切らせてしまった。西側諸国が善意でやったことが、むしろ世界の平和を脅かしている」という――。
※本稿は、中野剛志『奇跡の社会科学』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
国際政治の2大潮流「リベラリズムVSリアリズム」
近年、世界は急速に不安定化し、危機的な状況になりつつあります。
どうしてアメリカは、中国と対立するようになったのか。
なぜロシアは戦争を始めたのか。
こうした国際政治の問題を考えるにあたっては、やはり社会科学の古典が大きなヒントを与えてくれます。
その古典とは、イギリスの外交官・歴史家のE・H・カー(1892-1982)が1939年に著した『危機の二十年』です。
E・H・カーは、『危機の二十年』の中で、国際政治学の思想潮流をユートピアニズムとリアリズムに分けました。そして、第1次世界大戦後の国際秩序がユートピアニズムに基づいて構築されたがために失敗に終わり、国際政治の危機を招いたと論じました。
このユートピアニズムとリアリズムという国際政治学の2大潮流は、リベラリズムとリアリズムという呼称で、現在も続いています。
「リベラリズム」とは、民主主義や貿易の自由などの普遍的な価値観を広め、国際的なルールや国際機関を通じた国際協調を推し進めれば、平和で安定した国際秩序が実現するという理論のことを指します。
例えば、民主国家の国民は戦争に反対するから、世界の民主化を進めれば、平和な国際秩序が実現する。あるいは、自由貿易により各国の相互依存関係が深まった世界では、戦争による貿易の断絶は大きな被害をもたらすから、貿易自由化を進めれば戦争は起きにくくなる。
冷戦終結後のアメリカは、このリベラリズムの理論に基づいて、世界に民主主義を広めようとし、また、貿易や金融の自由化を推し進めたのです。