国営企業の民営化にも問題があった。まず民営化に際して、英国のサッチャー改革に近い感覚で国営企業の資本を定め、株式を売りに出したことだ。従業員にも株を配った。ごく一部に社員の株を買い集めた者、銀行などから借金して株を買い占める者などが出て、あっという間にオリガルヒ(新興財閥)になったのだ。大多数の国民は「資本家は悪だ」と長年教わってきたのだから、ついていけない。もらった株を手放し、喜んで換金してしまったのだ。
民営化はハーバード大学のジェフリー・サックス教授らがアドバイザーを務めた。資本主義国の最高学府と言われるハーバードだからと、彼らに頼んだのだろう。しかし、ブランドに騙されて彼らが言うことを鵜呑みにしてしまった。サッチャー流の改革とはいえ、イギリスのように機能する資本市場がなかったので、円滑な民営化など期待するのも無理だった。結局、教授と教授の門下生たちが大金を懐にしただけで、ロシア経済が回復することはなかった。
国民を救ったのが、プーチン大統領
こうしてソ連崩壊後からエリツィン政権のときまでは、ロシアは困窮の極みだった。ルーブルはハイパーインフレに陥り、タクシーに乗っても「メーターの桁が足りない」からと、ドルで出すよう言われた。あの苦労からしたら、一部の人間だけを金持ちにして、自分たちにはソ連崩壊の恩恵が回ってこなかったという恨みが、ゴルバチョフ氏への評価を下げているのは納得だ。
インフレで一番困ったのは、年金生活者だ。もらえる年金は金額が変わらないが、価値が暴落しているから大幅に減額となる。バスに乗るカネさえないから、10キロメートルくらいは平気で歩いていた。
そんな国民を救ったのが、プーチン大統領だ。彼は年金改革を実行して、マーケットの歪みを是正し、支持を集めたのだ。それが現在のウクライナ侵攻があっても、今なお支持率が7割前後である理由だ。
亡くなったゴルバチョフ氏には、エリートの弱さがあった。彼は、両親が集団農場の労働者という貧しい家庭で育ちながらも、最難関のモスクワ大学法学部で学び、共産党官僚としてエリートコースを歩んだ。妻のライサ・チタリェンコさんとは大学で知り合っている。
ソ連の最高指導者は、ヨシフ・レーニンをはじめとしてほとんどが「赤の広場」に墓がある。しかし、ゴルバチョフ氏の遺体は、モスクワのノヴォデヴィチ墓地に埋葬された。99年に亡くなったライサさんの隣だ。心より哀悼の意を表したい。