IFRS適用による影響は何も営業関係だけにとどまらない。トーマツの鈴木登樹男パートナーは「会社の成長を支え、これまで聖域に近い扱いをされてきた研究開発部門にも影響が及ぶ。それもマーケティングや販売セクションを巻き込んだ取り組みが求められるようになる場合も想定される」と語る。
なぜなら、現行の日本基準では一括して費用処理してきた研究開発費の扱いが、IFRS適用によって大きく変わってくるからだ。研究費については、これまで通り費用処理するので構わない。しかし、残る開発費のうち次に示す6つの要件をすべて満たした場合には無形資産への計上を行う。そして、その開発プロジェクトが完成し、その効果が及ぶ期間、つまり売り上げが見込める期間にわたって償却を行っていく。
開発費の具体的な資産計上の要件は、(1)完成させて使用・売却する技術的可能性がある、(2)完成させて使用・売却する意思を持つ、(3)完成した物を販売する能力がある、(4)販売する市場が存在して利益を得ることが見込まれる、(5)技術上や財務上などの資源が十分にある、(6)信頼性を持って開発に関する支出を測定できる―ということである。
「基礎技術や応用技術などにかかる費用は研究費として費用処理する。それから一歩進んで、試作品を作るなど製品化のためにかかる費用は開発費となるが、簡単にいうと、このうち製品化の確度が高くなってから発生したものは資産計上する」と前出の山邉氏は解説する。
しかしながら、「利益を稼げる製品になるかどうか、どのくらいの期間にわたって売り上げが見込めるかを判断せよ」と研究開発の担当者たちに命じても、市場の動向をフォローし切れていない彼らは戸惑うばかりであろう。そこで、前出のトーマツの鈴木パートナーがいうように、マーケティングや販売部門との連携が重要になってくるのだ。
ところで、巨額の研究開発費を投じている企業として真っ先に浮かんでくるのが製薬メーカーだ。すでにIFRSが強制適用されているEU各国の製薬メーカーのほとんどは開発費として計上せず、研究費で処理している。それというのも、当局の認可がなければ新薬としての販売ができず、自社で判断しようにも不確実性が高いからだ。逆に自動車メーカーでは蓄積された経験やノウハウに基づいて販売の可能性を測定しやすく、開発費としての計上を進めている。
そうやって開発費として無形資産に計上すれば費用が減り、その分利益が増加して自己資本が膨らむメリットがもたらされる。しかし、売れると見込んで市場に出したものの、まったく売れなかった場合は一括して減損処理しなくてはならない。その反動は大きく、大幅な減益決算を強いられることも考えられる。それだけに、開発費として計上するかどうかの最終判断は経営者も含めて慎重に行ったほうがよさそうだ。
ビジネスマンの個人まわりのことでいうならば、有給休暇も決算に影響してくる。日本基準では、社員に付与した有給休暇を費用として認識しない。しかしIFRSが適用されると、未消化の有給休暇が次年度に繰り越せる場合は、社員が将来取得するであろう有給休暇のコストを予測して、負債に計上しなくてはならない。IFRSでは有給休暇のコストを今年度の労働コストとして本来認識すべきものと考えているからである。
※すべて雑誌掲載当時