「両利きの経営」は死に至る病
ここには第三のメッセージが織り込まれています。
これは、実は現代の日本の経営者への警鐘です。今、日本では「両利きの経営」という名の外来病が猛威を振るっているからです。
「両利きの経営」とは、簡単に言うと、既存事業を強化(深化)する一方で、新しいアイディアで新規事業を開拓(探索)するという考え方です。一見、もっともらしく聞こえます。特に、既存事業で行き詰まった成熟企業が飛びつきたくなりそうな話ですね。
ところが、これは死に至る病です。発祥の地であるアメリカでは、とっくに一時のはやり病として、成功企業には見向きもされていません。経営者が「両利きの経営」をうたったとたん、株価はまちがいなく下がります。
投資家は成熟企業に新規事業は期待していない
なぜだかわかりますか?
投資家が成熟企業に期待しているのは、自らの強みを基軸に事業を成長させることです。ベンチャーごっこのような真似は、企業価値を損ねるだけです。
もちろん、ベンチャーに投資するグロース投資家は存在します。しかし、彼らは成熟企業のベンチャーごっこには目もくれません。グロース投資家は、高い成長率を期待して投資するわけですから、スピード感のない成熟企業が既存の強みのないところで成功する確率は、限りなくゼロに近いからです。
両利きという言葉に惑わされてはなりません。
右手と左手が勝手に動いてしまっては、強みが分散されるだけでなく、不協和音を奏でてしまいます。まずは自分の強みを基軸にして、深掘りに徹することが何よりも成長に大切です。ただし、地球の裏側に出てしまうほど真下に掘るのではなく(もっとも、その前にマグマで燃え尽きてしまうことでしょう)、少しずらして掘っていくこと。この「ずらし」が、新しい鉱脈へと我々を導いていくのです。
このように強みを軸に新しい鉱脈を掘り当てることこそが、イノベーションの本質です。なぜならシュンペーターが語る通り、イノベーションは革命(レボリューション)ではなく進化(エボリューション)から生まれるものだからです。
私は著書『学習優位の経営』の中で、「深化、伸化、新化」という「進化(しんか)」の三段活用(?)を提唱しました。
このうち、既存企業にとって成功の確率が高いのは「深化(深掘り)」と「伸化(ずらし)」です。なぜなら土地勘を確実に活かせるからです。
「新化」という名の突然変異は成功率がゼロに近い。だから、ゼロからスタートするベンチャーでない限り、とる戦略ではありません。もっともベンチャーの成功確率が極めて低いことも、前述したとおりです。
シュンペーターは、実存哲学者のニーチェから多大な影響を受けました。そのニーチェは、「汝の足下を掘れ、そこに泉湧く」という名言を残しています。
古今東西、イノベーションで成功し続ける企業は、この教えを肝に銘じています。日本でいえば、京セラ創業者の稲盛和夫さんと日本電産創業者の永守重信さんがその代表例といえるでしょう。詳細は、拙著『稲盛と永守 京都発カリスマ経営の本質』をご覧ください。
両利きの経営という外来病にかかっている日本の経営者は、シュンペーターが説く本物のイノベーション論に、今一度立ち返る必要がありそうです。