なぜ貧富の格差はなくならないのか。ニューヨーク・タイムズ紙のピーター・S・グッドマン記者は「パンデミックの混乱に乗じて、さらなる富を手にした者たちがいる。彼らはこの危機を救ったヒーローのような顔をしていたが、実際のところ、私腹を肥やすために世界のルールを巧妙に変えたのだ」という――。

※本稿は、ピーター・S・グッドマン『ダボスマン 世界経済をぶち壊した億万長者たち』(ハーパーコリンズ・ジャパン)のプロローグを再編集したものです。

空のボウルを持つ人
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“億万長者たち”はパンデミックを利用した

ほとんどの人にとって、2020年という年は、延々と続く厄災の年だった。数えきれないほどの死者、恐怖、孤立。学校閉鎖、生計への脅威。過去100年間で最悪のパンデミックのせいで、もはやありきたりとなった悲劇。それらは端的に数字として示された。

パンデミックによって200万以上(※)の人命が奪われ、何億という人々が貧困と飢餓に苦しんだ。実際に手を下したのはコロナウイルスだが、その致命的な影響と経済的な損害を拡大したのは、ダボスに群がるCEOたちの行動だった。

※編集部註:死者数は執筆当時(2021年)のものです。米ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによりますと、2022年7月19日現在の世界全体の死者数は630万人あまりとなっています。

かつて富裕層への増税案を「ヒトラーがポーランドに侵攻したのと同様の」戦争行為とまで言ったスティーブ・シュワルツマンのような投資ファンド運営の大物は、医療にかかるコストを削減することでアメリカの医療保険制度を痩せ細らせながら、病院への投資で利益を吸い上げてきた。

合衆国最大の銀行を切り盛りするジェイミー・ダイモンは、マンハッタンの高級住宅街パーク・アベニューの住人への減税が実現するよう働きかけつつ、そのために必要な原資は、基本的な政府サービスを弱体化することで捻出させた。世界最大の不動産投資家であるラリー・フィンクは、彼自身が心を悩ます点として表向きは社会的正義を語りながらも、パンデミックの最中に貧しい国々から、ありえないほどの債務を搾り取った。

世界で最も富める男であるジェフ・ベゾスは、自身のeコマース帝国の途方もない規模をさらに拡大させる一方で、物流倉庫の労働者たちに対してはマスクといった感染防護具の供給を怠り、代わりに聞こえだけは勇ましい称号──「エッセンシャルワーカー」を与えた。その呼び名は、実質的には労働者たちを替えの利く存在として軽視し、ウイルスが蔓延しても彼らが家にとどまることは認められないという状況を生んだだけだった。

医薬品価格のつり上げで貧困国が締め出された

2020年に人々が経験した苦難によって何かが立証されたとすれば、それは富める者がいかに繁栄しうるか、そしてあらゆる人々の苦しみの中から利益を吸い上げる能力にいかに長けているかということだろう。

同年末までに、世界中の億万長者が持つ富の総額は3.9兆ドル増大した。逆にそうした人々による慈善活動の寄付額は、ここ10年の最低水準まで落ち込んだ。2020年に貧困層に転落した人の数は、5億人にも達するとされた。苦しむ人々が置かれた状況を改善するには、少なくとも10年はかかるだろうとみられていた。

確かに、製薬会社は新型コロナウイルスのワクチン調合に卓越した専門性を見せつけた。しかし、彼らは命をつなぐ医薬品の価格を高く設定することで、世界の大半を市場から締め出してきたのだ。

ベニオフ(※)は、政府を批判する機会としてパンデミックを利用しながら、ハワイのビーチに面した自分の土地にとどまり、手にした勝利に喜色満面だった。

※セールスフォース・ドットコムの会長、共同CEO兼創業者のマーク・ラッセル・ベニオフ氏