国益を背負う者同士にしかわからない重圧
安倍元首相は、首相在任時の外交の場面でとりわけ気を付けていたことがあるという。一つは、「相手の立場を知ること」だ。
「それぞれのリーダーが自国や地域の利益を最優先に考えていることは大前提ですが、首脳個人との関係においては、外交関係の域を超えた人間関係の構築も重要です。その際に私が気を付けていたのは、相手の立場を深く知り、慮って、胸襟を開いて接する姿勢です。各国首脳は、それぞれに国益を背負い、国内の様々な利害や声を背景に持っています。そのため、『お互い、大変ですよね』『私も同じですよ』と伝えることで、相手との距離が縮まり、相手もこちらを理解してくれるような関係を築くことを心がけていました」(10月15日号)
筆者からの「お互いの国益がぶつかる場面では、ピリピリするものではないのですか。そういう時はドライに接するものなのですか」という質問に、安倍元首相は明確に「逆です」と否定し、「気持ちが触れ合うようにして、相手の立場を重んじつつ、こちらの立場も伝えていく」と述べていた。
国益を背負うもの同士にしかわからない重圧を、「お互い、大変だよね」とねぎらうことで共通項を見つけ、相手の胸襟を開くことから始めていたのだ。
どうしてあんなにトランプ大統領と仲良くできたのか
共通項という点では、トランプ前大統領との初対面時の有名なエピソードも挙げられる。
「(トランプ大統領との)初対面時には、まずトランプさんとの孫娘であるアラベラちゃんがピコ太郎の『PPAP』を歌う動画の話を切り出したことで、一気に場の空気が和らぎました。そのうえで『あなたはCNNやニューヨーク・タイムズに批判されている。私はニューヨーク・タイムズと提携している日本のメディア(朝日新聞)からさんざん叩かれたが、再び総理大臣になることができた』と言ったところ、彼はとても喜び、一気に距離が縮まりました」(7月16日号)
安倍元首相の、トランプ前大統領との関係は「蜜月」と言われ、他国の首脳からも「どうしてあんなにトランプさんと仲良くできるの」と言わんばかりの質問を受けたことがあるという。
トランプ前大統領との関係について、妻の安倍昭恵さんからこんな話を聞いたことがある。「気が合う、ウマが合うと言われているけれど、実際はトランプさんとの関係を壊さないために、相当の努力をしていたんですよ」
言われてみれば当たり前なのだが、なるほどそうだったのかと思ったものだ。ゴルフ場を経営し、自身もゴルフをプレーするのが大好きなトランプ大統領のために、初対面の席にゴルフクラブを持って行ったのは有名な話だ。
安倍元首相は、初対面の席で「一緒にゴルフをプレーすることを約束する」ことも事前に決めていたという。トランプ大統領はその申し出を歓迎した。
「そうはいっても、食事の約束もそうであるように社交辞令で終わることも多いですよね。でもトランプ大統領は、初対面の後に行われた最初の電話会談の時に『で、ゴルフはいつやるんだ』と聞いてきた。それで最初のゴルフ対談に至りました(笑)」(取材時の文字起こしより)
二人の在任中、ゴルフ会談は4回を数えた。
共にゴルフを楽しんだというだけではなく、自分の好みを理解して約束を申し出てくれたこと、リーダーとして認めてくれたことに対する感謝もあったのか、安倍元総理に対する、トランプ前大統領の思いは深い。訃報を受けて、自身が立ち上げたSNSに、こう綴っている。
「安倍晋三がどれほど偉大なリーダーだったかを知る者は少ないが、歴史が語ることになるだろう。類いまれなまとめ役であり、何より日本という立派な国を愛していた」
「世界にとって悪いニュースだ。彼のような人は二度と現れない」