精肉パックをスライドさせてバッグに隠す

出勤の挨拶のため事務所に出向くと、60代くらいに見える小柄の理事長が出迎えてくれた。

「きょう一日、よろしくお願いいたします。なにか注意することはございますか?」
「魚屋と肉屋、輸入食品店の被害が多いみたいだけど、私たちは運営側だから詳しくはわからないねえ。お店の人が言うには、毎日のように来ては盗んでいく悪いヤツもいるようですよ。いまのところ毎日誰か捕まっているから、またあるかもしれないねえ」

事務的な確認事項をすませて現場に入ると、地下食品街は多くの客であふれていた。人混みに紛れて店内の構造を確認する。出入り口が多数あり、隣接する駅や百貨店にも直結している。それに加えてエレベーターやエスカレーター、階段まであるため、実行後の万引き犯がたどるルートの予測ができない。抜け場所が多い現場では被疑者を見失う確率が高く、油断できない一日になりそうだ。

「常習者の捕捉に努めよ」

事務所からの単純な指令を胸に巡回を始めると、2時間ほど経過したところで、精肉店にいるエプロン姿の中年女性が目に留まった。一見して40代前半くらいだろうか。カゴのなかで落ち着きなくうごめく右手が気になったのだ。少し離れたところからカゴに目をやると、いくつかの精肉パックのほかに、大きく口が開いた黒いエコバッグが入っているのが見えた。なにげなく近づいて動向を見守れば、ほかの客に紛れながらカゴに入れた精肉パックをスライドさせるようにしてバッグに隠している。

後方を気にしながら隣接する輸入食品店へ

[これは常習だろう]

カゴにあった商品をすべて隠し終えた女は、続けてソーセージを手にすると、カゴに入れるふりをしながらそれを直接バッグに隠した。そそくさとカゴを戻して精肉店を後にする女の追尾を続けると、何度か後方を気にしながら隣接する輸入食品店に入っていった。なかなか珍しい商品と、狭く入り組んだレイアウトが個性的な、とても万引きしやすい構造の人気店だ。

真空パックのソーセージを見比べる女性の手元
写真=iStock.com/sergeyryzhov
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[ここでも絶対にやる]

犯行に及ぶことを確信して、店外から行動を見ていると、チーズやコーヒー、舶来モノのビスケットなどの商品を手に取り、次々とバッグに隠していくのが見えた。犯行の現認は十分なので、それ以上無理して見ることはしない。なるべく遠くから女の手元だけは見るようにしながら、店の外に出るタイミングをうかがった。ひとつも精算することなく持参したバッグを大きく膨らませて駅側出口の扉をまたいだ女に、そっと声をかける。