氷を宇宙に噴き出している
2007年、その謎が解き明かされた。カッシーニの画像を解析するチームのリーダーで、カッシーニ画像中央研究所のキャロリン・ポルコさんは、カッシーニがエンケラドスに接近して撮影した画像の一枚一枚に驚かされたという。そのうちの1枚が次の写真だ。
エンケラドスが黒く写っているのは逆光で撮影されたからだ。ポルコさんはわざと逆光で撮影したのだという。
「もしかしたら、エンケラドスの表面に火山活動による間欠泉があり、そこから何かが噴き出し、Eリングを作り出しているのかもしれないと推測したのです。そこで太陽を背に、エンケラドスを逆光で撮影することにしました。もし何か小さな粒子が噴き出しているのであれば確認できると考えたのです」
霧を吹き出す加湿器を思い浮かべてみよう。霧の背後からさし込んだ光が水滴で何度も散乱するので、正面にいる人に霧ははっきりと見える。ポルコさんはまさにこの逆光の効果を狙ったのだ。
逆光で撮影したエンケラドスの南極付近を見ると、一際明るく光る部分が写っていた。1カ月後、再び逆光で撮影すると、同じ場所に光の筋がはっきりと見えた。エンケラドスから宇宙空間へ何かが噴き出していたのだ。その高さは、数百キロメートルに及ぶことがわかった。
「私たちはエンケラドスで間欠泉を発見できると想定していました。しかしみんなが驚いたのは、予想をはるかに超えたその大きさです」(ポルコさん)
その後、カッシーニは詳しい調査に乗り出した。飛行高度を168キロメートルまで引き下げ、エンケラドスの南極の地形を詳しく観測した。
そこでカッシーニが見たものは、ポルコさんにとっても思いもよらない光景だった。それは縦に走る複数の青い筋で、長さ130キロメートルにもわたって、裂け目だけが平行に走っていた。予想した火山のような地形はなかった。しかし、地殻変動が活発なことは明らかだった。
「それは類い稀な地形でした。ツルツルとした表面にいくつかの裂け目だけが存在する、独特の地形があったのです。クレーターは全くありませんでした。私たちはエンケラドスの南極で、誰も見たことのない驚きの地形を発見したのです」(同)
生命の誕生を促すエネルギーがある
青い筋は、虎の背中の縞模様に似ていることから、タイガーストライプと名付けられた。地殻変動が活発なことは、表面温度からも示された。エンケラドスの表面温度はマイナス180℃だが、サーモグラフィで見ると、タイガーストライプの温度はマイナス80℃。もっとも温度が高い場所はマイナス20℃に達すると推定する研究者もいる。
噴き出しているものの正体も明らかになった。氷がタイガーストライプの割れ目から噴き出ていたのだ。その氷は宇宙空間へと広がってゆく。あの青白いEリングは、まさにエンケラドスから大量に噴き出した氷によってできていたのだ。
「私はこの場所を『エンケラドスの間欠泉公園』と呼んでいます。きっとすばらしい眺めでしょうね。太陽系の観光名所トップ10に入ると思います」(同)
もしタイガーストライプに降り立つことができたなら、秒速400メートル、高さ数百キロメートルにも達する壮観な氷の間欠泉を目の当たりにするはずだ。