研究成果が出ると、先生に「おまえが論文を書け」と命じられた。私は論文が得意だからすぐに書き上げた。

「さっそく2人の連名でこの論文を投稿しましょう」と言ったら、またチョークが飛んできた。今度は「バカ、同じ内容の論文が過去にないか、図書館で調べろ」と叱られた。最後に他人の先行研究を確認するということだ。私は順番を間違えていたわけだ。

オグルビー先生は最初に「顕微鏡で原子を見る」という目的を定め、2人で実現するための方法をゼロから考えていった。私は初めて研究の基本を教わった。今から思えば当たり前のことだが、最初に図書館に行けば思考範囲がぐっと狭くなる。構想はあらゆる可能性の空間を駆け巡ることによって、他人の思いつかなかったモノが生まれてくるのだ。

オグルビー先生に叩き込まれた「ゼロから考えろ」は、マッキンゼー時代のコンサルティングでも大いに役立った。私の原点だ。他人の答えは探さない。まずは自分の頭で考える。私が学長を務めるビジネス・ブレークスルー大学(BBT)などで、今も「自分でゼロから考えろ」と教えている。

明治以来「欧米に追いつき、追い越せ」で来た日本人は、手っ取り早く答えを知りたがる。私にも「先生、答えは何ですか?」とすぐに聞いてくる人がいる。今どきはGoogle検索をする人も多い。答えは自分で考えるものだし、更地で自分で考えるから楽しいのだ。

リーダーは構想力を鍛えよ

日本の首相は、典型的な「構想力」不足だ。2022年5月5日に岸田文雄首相がロンドンの金融街シティで講演して、「Invest in Kishida(岸田に投資してくれ)」と日本への投資を呼びかけたと話題になった。しかし、聴衆にはほとんど意味のない言葉だったろう。

岸田首相が海外からの投資を望むなら、決め台詞ではなく、どうしたら世界から投資が集まるかを考えなければならない。

第一は、豊富な人材だ。とくに理工系、技術系の人材が重要だ。インドを見ればわかる。インドではユニコーン企業があっという間に増えて、米国、中国に次ぐ世界第3位になった。ユニコーン企業の急増は、米国のトランプ前大統領のおかげともいえる。トランプ政権は専門職の外国人労働者の就労ビザ(H-1B)の発給を制限し、インドの優秀なIT人材がシリコンバレーなどで働けなくなったのだ。米国から帰国した人と米国へ行けなくなった人がいるから、数十万人の優秀な技術者がインドに腰を落ち着けたと言われる。従って、ユニコーン企業が急増して当然だろう。人材がいるから、投資が世界中から集まるのだ。