「どんぶりに中国産の穀物を盛らねば…」

中国で、その年の初めに打ち出される最重要文書を「中央一号文件」と呼ぶが、今年の「一号文件」は「食料生産と重要農産物の供給確保に全力を挙げる」と、食糧安全保障の重要性が強調された。米中貿易戦争や新型コロナウイルスの感染拡大、米国主導の中国包囲網など、不透明な国際情勢が中国の食糧調達に影響を与えているためだ。

今年3月の全国政治協商会議第13期第5回会議で習近平総書記(国家主席)は、「食に関わる問題の解決は、国際市場に依存するべきではない」と強調した。常に農地に出向き、収穫量の確認を怠らないとまで言われている習氏の頭の中には、「中国人はどんぶりをしっかりと持ち、そこに中国産の穀物を盛らねばならない」――という考え方がある。

2025~30年にかけて、中国は食糧の需要のピークを迎えると予測されている。中国国務院発展研究センターの程国強研究員は「このとき42億~43億畝(約2.8億ヘクタール)の作付面積が必要とされる」と指摘するが、その面積は日本の国土面積の7.4倍に相当する。しかし中国では耕作地の減少が著しく、2019年末時点で20億畝(約1.3億ヘクタール)を切ってしまっている。

前回記事<「17階建ての『タワー豚舎』で35万頭の豚を飼育…アリババ、恒大集団も群がる中国『巨大豚肉ビジネス』の実態」>では、高層ビル化する中国最新の養豚業を紹介したが、その「養豚ビル」が象徴するのは、中国における深刻な耕地減少だ。14億人を食べさせる食糧安保こそが国家の土台であり、「食糧自給率95%」を目標にしてきた中国だが、国内における農業生産のコストが上昇する中で、食糧輸入に歯止めをかけるのは難しくなっている。

「農場こぶた畑」を経営する相原海さん。豚は10カ月ぐらいの時間をかけてのんびり育てる
筆者撮影
「農場こぶた畑」を経営する相原海さん。豚は10カ月ぐらいの時間をかけてのんびり育てる

最大50頭までしか飼育しない神奈川の養豚場

日本には、高層ビル化する中国の養豚業(前回のコラムをご参照)とはまったく別の世界がある。筆者は“中国式の超大量生産”とは真逆の、小さな養豚場を訪れた。

「農場こぶた畑」(神奈川県南足柄市)は風通しのいい丘の上にあった。リサイクルの木くずを敷き、ここに落ちた糞尿は堆肥化されるという、そんな“ふかふかのベッド”の上で、母豚と仔豚は気持ちよさそうに過ごしていた。ストール(檻)の中で一つの方向に頭を向けたまま、母豚は後ろに振り返ることもできずに一生を終える――そんな大規模養豚場とは異なる風景だった。

この養豚場では育てる豚の頭数に制限を設け、母豚で3~5頭、仔豚も含めて30~50頭の規模を目標にしている。一般的な養豚では生後約6カ月の出荷が一般的だが、ここでは約10カ月をかけてのんびり育て、精肉の販売まで行っているという。