結局、副業の収入は得られず、銀行口座を騙し取られた

手間暇かけて、信頼を勝ち取り騙すのが、詐欺の手立てです。

その後、報酬の受け取りについて、男性は確認するべく何度かメールを送りますが、「後でお伝えします」との返信がありましたが、その後の連絡はなく、安部の会社に電話をかけても通じなくなります。結局、報酬を受け取れないまま、2カ月ほどがたち、男性の心に不安と焦りが生まれます。「信じたくないが緻密に仕組まれた詐欺だったのかもしれない」と。実際、その通りだったのです。

男性はこう反省の弁を述べます。

「銀行口座の売買が詐欺グループで行われて、闇の情報サイトを通じて、犯罪に手を染めてしまう人がいることは知っていました。しかし、それは自分とは関係のない世界の出来事でした。まさか自分のところに、しかも時間をかけて、あんなにも手の込んだやり方でやってくるとは、思いもよりませんでした」

「自分は犯罪行為をしてしまった」。そう考えた男性はすぐに警察へ相談に行き、一連の経過を話します。

当然、自分が利用する目的以外で、不正に銀行口座を作っているので、犯罪行為に問われる可能性があります。警察からも「何かしらの罰は受けてもらうことになるだろう」と言われ、何度も、何日も長時間の聴取を受けました。

男性は警察に「口座は詐欺に使われていないか?」を尋ねましたが、現状そうした被害は入っていない」と聞き、少し安心したといいます。当然、銀行にはすぐに警察から連絡が入り、口座が凍結されました。

話にはまだ続きがあります。警察の聴取から2年が経過した頃です。

「もうすべて終わったと思っていました」と男性は話します。しかし突然、別の管轄の警察から電話があり、刑事らが自宅にやってきました。どうやら男性が過去に開いた口座に「1件入金があった」というのです。

高齢者が多額の金を騙し取られたのか……。「血の気が引いた」と言います。おそるおそる被害について尋ねると「当たる馬券の情報があるといって、1万円ほどを振り込んで被害にあった男性がいた」との答えが返ってきます。

警察関係者も「被害額は小さいけれど、念のために調べている」とのことでした。この時、男性の口座が競馬情報詐欺に使われていたことを知ります。

競馬新聞と赤鉛筆
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「会社名は植物の名前と思っていましたが、調べると、競走馬の名前ということがわかりました。刑事さんからは、『あなたの一件は書類送検後に不起訴になったようだ』と言われましたが、当然、前歴がつきました」と、悔やむように話します。

詐欺グループは騙しのプロです。言葉巧みに詐欺行為に加担させるのもプロです。

「言い訳になるかもしれませんが、最初に求人サイトを見た当時、収入が少なく家賃や日々の生活費などで毎月赤字がかなり出ていました。お金に困って視野が狭くなり、正常な判断ができなかったのかもしれません。それまでは、絶対に、自分は詐欺に騙されないと思っていました。しかし、詐欺師はその想像を超えてやってきた。しかも自分が被害者ではなく、加害者にもなってしまう。法務局への申請、法人印鑑、WEBサイトの制作、電子定款などをそろえてやってくる。詐欺グループの恐ろしさ、プロの手口の恐ろしさを思い知りました」

コロナ禍で金銭的に困窮している人が多くいます。そうした人たちを狙って「簡単に稼げるよ」と副業を釣り餌にして、犯罪グループはやってきます。

今、在宅ワークが広がり、ネットと電話だけでつながり、仕事の請負をすることも珍しくありません。しかしこうしたなかには、詐欺まがいのものも多くあります。もしグレーゾーンかもしれないと思ったら、ちゅうちょなく断る。それが、自分自身の身を守ることにつながります。

犯罪に手を染める人たちが陥りがちなのですが「ちょっとくらいの嘘や不正なら」との気持ちが、闇に引きずり込まれてしまう一歩になってしまいます。くれぐれもグレーな仕事だと思った時点で断って下さい。その先には底知れぬ、犯罪の闇が待っています。

生活費に困って、闇金などにお金を借りる人もいる一方で、軽い気持ちでネット上のやりとりで、案外、今回のような副業に手を染める人は多くいます。持続化給付金詐欺に手を染めた人が多くいたことからも、わかります。この時も副業から手を染めた人もいました。