「居場所のない人」を受け入れてきた

先にあげた2つのケースで、構成員1万3000人とされる神真都Qのすべてを説明できるわけではもちろんない。しかし筆者に相談や報告のメールを送ってきた他の人々も、神真都Qが「居場所のない人」を受け入れてきたことを証言している。

子供が独立して人生の目的を見失っていたある女性は、神真都Qの活動に生きがいを見いだし、元気いっぱいに警官を挑発するようになった。定年退職したある男性は、神真都Qのオープンチャットにいると男らしさが倍増するように感じ、何時間もそこに張り付いていた。

いずれも、奇妙な人々のように見えるかもしれない。だがこの2人も、先に紹介したAさんの夫やBさんと同様に、自分を取り巻く世界の変化や複雑化にうまく対応できずにいたのではなかったろうか。彼らを「奇妙」と言っていられる私たちは、今のところ社会の求めについていけているだけという話ではないのか。

ただ生きていくだけで高いリテラシーを求められる

「パワハラはNG」といった働き方のモラルや、ゴミの捨て方だけではない。社会はどうあるべきかについての基本的な考え方、セクハラやプライバシーといった概念は刻々と変化しているし、コロナ禍で改めて明らかになったように、日々の生活の中ですら高い情報リテラシーや科学的リテラシーが必要とされるようになった。

このような世の中で、社会観や倫理観や知的レベルのアップデートがうまくできなかった人は、しばしば居場所を失ってしまう。そんな彼らを笑顔で受け入れたのが、イチベイと神真都Qだった。

筆者は前回の記事「当初は人気ユーチューバーを囲むサークルだった…反ワクチン集団『神真都Q』が過激化した根本原因」で、神真都Qを「俳優経験のあるイチベイを主役に据えた観客参加型のエンターテインメント」と評した。イチベイのファンではない者から見れば、ばかげているだろう。

だがBさんが「テレビを見ているよう」と表現したようなきらびやかな演出で、自分も一つの役をもらってイチベイとともに戦い、新しい世の中で社会の主人公になれるというストーリーは、現代社会のペースに振り落とされた人々にとってとてつもない魅力なのだ。