放射線の発がんリスクは他と比べて高いのか

発がんは多元的なプロセスです。つまり、人体における発がんは、多くの要因が折り重なって、時として成立し、時として成立しないという特徴を有します。初歩的な理解としては、放射線被ばくによる発がんは確率的に起こる、ということで構わないのですが、詳しく考えると、放射線被ばくの影響も含めた多くの要因の総合的な結果として決まってくるものなのです。発がんのメカニズムについてはいずれ詳しく書き記したいと思いますが、少なくとも、発がんというものが、多元的で、単なる確率的事象と考えることはできない複雑な成り立ちをしているのだということはお伝えしておきたいと思います。

放射線の発がんリスクを他の発がんリスクと比較することは、我々にとって大変悩ましいことです。科学的な説明としては、他のリスクと大小を論じて対策に役立てることは大変重要です。他方、原発事故を原因とする放射線のリスクは、我々にとって予定外で、極言すると「押しつけられた」リスクであるため、同列に論じられると気持ちの上で受け入れがたい面が生じてくるから「悩ましい」のです。しかし、今後の我々の生活を正しく考える上では、心理的な受け入れ難さをいったん脇に置くことが重要だと思われます。健康に対するリスクの大きさは、その由来とは関係ないということです。

実際、タバコが喫煙者本人にもたらす発がんリスクは、放射線被ばくのリスクに比べてかなり大きなものであることが知られています。放射性物質の付着を恐れたり、価格高騰が深刻化したりするために、野菜を食べないことによる健康リスクもまた小さくありません。野菜不足は発がんのリスクに加え、免疫力の低下、生活習慣病の発症の増大などを引き起こします。今後の長丁場になる放射線対策においては、これらのリスクとの相対的な関係を納得していくことが重要だと思うのです。

長生きもまた発がんリスクの一つです。平均寿命が男女とも60歳程度であった1950年ごろと異なり、いまは男女とも80歳を優に越えて生きることができます。長寿化するプロセスで、発がんは増加しています。がん研究振興財団の2009年の統計では日本人の死因の30%を越えています。これは医学の進歩によって他の多くの病気が克服されたからでもありますが、発がんは、今の人類にとって、残された最重要課題の一つであると思います。