国際基準づくりを主導するICRP
今回は、低線量被ばくについてのルールや基準の国際的な状況を理解するために、いったん中身から少し離れ、主な国際的な組織とその相互関係、日本の法規との関連性を見ていきたいと思います。
放射線の健康への影響や対策を体系化する上で主導的な立場にあるのが、国際放射線防護委員会(ICRP、International Commission on Radiological Protection)です。国際放射線学会の活動の一環として1928年に創立されました。英国に非営利団体(NPO)として登録されている民間団体ですが、IAEAやWHOなど多くの公的機関、各国の学術団体からの助成金を受けて活動が成り立っています。この組織の設立当初の目的は放射線作業従事者の放射線防護について検討することでしたが、次第に一般公衆の防護を含めて対象とするように変化していきます。
ICRPの成果物は最初のうちは学術誌などに発表されていましたが、やがてICRP独自に出版するようになりました。これがパブリケーション(刊行物)と呼ばれるものです。初期の刊行物には通し番号はつけられていませんでしたが、1959年に出された刊行物から通し番号がつくようになります。これが1号文書(publication 1、「ICRPによる勧告」)です。この文書が出された1950年代は、広島と長崎の原爆の影響が次第に明らかになり、放射線被ばくのリスクという概念が示されてきた時代です。多少の乱暴を承知で言いますと、確率的影響の存在が明確化した時期でもあります。
ICRPはその後対象を拡大し、刊行物についても、定期的に上記の基本となる勧告の改定版を出すとともに、基本勧告以外の周辺文書を公開していきます。1990年に出された60号の基本勧告では、新たに「線量限度」(一般公衆に対して被ばくを許容する量が最大年1mSvなど)を導入してリスクの考え方を再整理し、広く参照されています。
60号の改定版が2007年の103号です。この号では、放射線被ばく対策ついて放射線事故からの経過時間による分類、すなわち、緊急被ばく状況、現存被ばく状況、通常期という3つに区分する考え方が提唱されています。
緊急被ばく状況とは、原発事故の発生直後のような現に放射線が漏れ、被ばくの状況に緊急な対応を要する状況を指します。また、現存被ばく状況は、緊急被ばく状況を脱したものの、まだ被ばくが継続している状況を指し、今の福島はこの状況が続いていると考えられます。通常期は原文では「計画被ばく」で、通常に復した時期を指します。これらの区分の間の移行は柔軟に対処可能とされ、同じ事故に由来しても、地域ごとに別のフェーズである場合も起こりえます。
この分類を受け、それぞれの区分における対策に踏み込んで、2009年に緊急被ばく状況に関する109号と現存被ばくに関する111号が出されています。今回の事故後には、109号と111号が無料公開(通常は有料)され、日本ラジオアイソトープ協会が邦訳を無料で提供しています。
中でも、現存被ばく状況についての考え方は、今の福島、そして日本を考える上で重要な示唆を与えるものです。